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コウダはその後、夜に部屋から出てくることはあまりなかった。
しかし、ヒヤマは気が付いていた。コウダは眠れていない。おそらく部屋から出ないのも、自分に心配をかけないためだろう。
ヒヤマは夜にコウダの部屋に入ろうかと何度も迷い、結局扉を叩くことができなかった。
扉を開けたら、何かを認めてしまう気がした。
そんな中、月末になった。研究所のレポートをまとめる時期だ。そのレポートには、コウダの睡眠記録のデータも含まれていた。
ヒヤマは気が引けたが、仕方がないと記録されたデータのファイルを開いた。二ヶ月分のデータだ。最初は、予想通りの安定した睡眠が記録されている。見慣れた睡眠データに安心した。
クリックして日付を進めていく。『その日』が近づいていく。
安定、安定、安定。そして。
ヒヤマの指がクリックをした。
表示されたのは、コウダの母が亡くなった日。
そのデータに、ヒヤマの手が止まった。
画面に表示されたのは、
――睡眠記録:なし
何かのミスかと思ったが、確認をすると脈拍など他の生体ログは残っていた。つまり、コウダは測定器は装着している。記録にも不備はない――だから、この日コウダは眠っていない。一睡もしていない。
ヒヤマはじっとその画面を見ながら、見るべきではなかったと思っていた。
それはきっと、彼は秘密にしたいことだったのだろう。自分は知るべきではなかったのかもしれない。
しかし、装置は合意の上で装着していて、彼もこの日自らそれを着けることを選んだ。
そう自分を納得させようとしたけれど、ヒヤマにそれは難しかった。
ヒヤマの中に苦い気持ちが広がっていったが、しかし確認はしなければならない。それからのデータを確認したヒヤマの指は、驚きに止まってしまった。
記録された睡眠は、連日わずか1、2時間。グラフは信じがたいほどに乱れていた。
ヒヤマはむしろ焦燥に駆られてマウスをクリックする。
翌日も、その翌日も。
波形は乱れて、叫んでいた。
ヒヤマは目を強く瞑って、ぎゅっと顔を強く寄せた。ヒヤマはデータの記録が止まることを望んだ。彼が装置を外してくれることを願った。
それでも今日まで、データは欠けることなく記録され続けている。
ヒヤマは想像した。コウダはどういう気持ちで夜装置を着けるのだろう。眠れないかもしれないと怯えながら、眠れる自分に期待される装置を着けるのだろう。
それはもう、ヒヤマに想像ができなかった。
ヒヤマは研究所の自室で簡単な昼食をとりながら、コウダのことを考えていた。
朝、装置のことを話そうかと思って、結局できなかった。あまりにコウダがいつも通りだったから、かえって触れることができなかった。
どうすればいいだろう。きっと、今の彼には装置は負担に違いない。しかし、それをヒヤマから切り出すのも、あまり正しいとは思えない――。
考えていると、カンザキが部屋にやってきた。
「おいす」
片手に、自分の弁当を持っている。
「ここで食っていいか」
「ああ、……いいよ」
大きな体を来客用の椅子に乗せ、デスクの上に弁当を広げて食べ出した。
「どうだよ、最近。あいつとは」
コウダとの関係について、カンザキにはもう話していた。
「最近またあんま家帰ってないけど。喧嘩でもしたのかよ」
そう言われ、首を振る。
ずいぶんとタイムリーな話題だった。
「ふうん」
カンザキは納得はしていないようだったが、それ以上踏み込んでも来なかった。見た目と違って気配りのできる男なのだ。
確かにヒヤマは最近研究所にいることが多かった。それはコウダに一人でじっくり寝て欲しいという気持ちもあるが、それ以上に研究を進めたかったからだ。
何か、コウダにしてやれることはないか。
それを探したかった。
そしてそれは、もうリミットが近いのかもしれない。
「そういえばあいつ、そろそろライセンスの更新だよな」
カンザキが思い出したように言った。
「最近あんま来てないけど。自宅でデータは取ってるんだろ?」
さすがに、話すタイミングなのかもしれない。そう思い、どこから説明しようかとヒヤマは思ったが、うまく言葉がまとめられない。
それでも、何か、説明のできるところからでも、少しずつ。
「なあ、カンザキ」
「ん?」
そう思って口を開いた時、電話が鳴った。
コウダが事故を起こしかけたらしいという電話だった。
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