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夜になった。
柔らかなマットレス、新品の家具の感触、木の匂い。そして隣にいるコウダのこと。
すべてがヒヤマに小さく緊張を与えてきて、それが重なっていつもの数倍も目が冴えていた。今日、あまりに眠れすぎたのも原因かもしれない。
やっぱり、あれはたまたまだったのだろう。
ヒヤマは唯一見慣れた天井を見て、そう思っていた。隣に寝るコウダを見る。コウダは珍しく正面を向かず、こちらに体を向けていた。目を閉じて、じっと動かない。
「トモキ」
呼びかけた。返事はなかった。
眠れたのかもしれない。ヒヤマは少しほっとして――そのおかげか、ようやく少しだけうとうととした。すると、すっとコウダの手が伸びてきて、ヒヤマに抱きついた。
その力が思ったより強いもので、ヒヤマは思わず強張った。あの手を思い出してしまったのだ。
だけどすぐに分かる。それは違う手だった。今ヒヤマに抱きつく手は――むしろ、彼を離したくないと強く願っていた。離れないで欲しいと、その手はヒヤマに伝えてきた。
「ヒヤマ、さん」
声が聞こえて、ヒヤマは言った。
「ごめん。僕は、ずっと見ているだけだった」
「――そんなの、今更だよ」
ヒヤマの腕に顔を埋めるコウダの表情は見えない。
「俺はそれで良かったんだ。俺が寝ている間も俺のことを見ていてくれれば、世界がちゃんとそこにあるって、俺は信じられるから。俺はそれが嬉しかったんだよ」
ヒヤマは姿勢を変えて、コウダを胸元に抱き寄せた。
「だから、謝らないで。俺は、大丈夫だよ」
コウダの黒い髪のつむじを見つめながら、ヒヤマはまた声を殺して泣いて、コウダを強く抱きしめて、そして、再び眠りに落ちて行った。
早朝。カーテンを開けたままの窓の外は、グラデーションの朝焼けだった。
目を開けたヒヤマの視線の先にコウダがいて、
「今日も眠れたね」
と言った。ヒヤマは呆然とした。
「二日も眠れるなんて」
夜が明けたのだろうかと思った。そんなわけはない。ヒヤマには自負があった。
――僕はそんな簡単に眠れない。
――眠れるようにならない。
だからここには何かがあるはずだった。
コウダはヒヤマの目尻に指を持っていく。
そしてそこに溜まったしずくを拭って、
「寝ながら、いっぱい泣いてた」
そう言う。
ヒヤマはコウダに泣き顔を見られていたことがとても恥ずかしくて、コウダの手をそっと掴んで指を離して――その濡れた指先を見て、ある仮説がひらめいた。
「――気がついた」
ヒヤマは飛び起きる。
「もしかすると」
頭の中の考え、今までの様々な記憶がかちゃかちゃと組み合わさって、一つの道を作っていく。
「ああ、そうか、そうか!」
ヒヤマはベッドから飛び起きた。呆気に取られるコウダに、
「トモキ、僕は今から研究所に行く。すごく大きな発見をしたかもしれない」
そう言って慌てて部屋を出て――もう一度部屋に戻った。
そしてコウダにちゃんと向き合って告げる。
「僕は、君にまた眠って欲しい。眠れる世界に戻って欲しい。僕はそのための手助けがしたい。だから、いってきます」
コウダは微笑んだ。
「いってらっしゃい」
ヒヤマは慌ただしく研究所に着くと、論文のデータベースを検索し、目的の論文を探し出す。
それは有名な話だった。なぜ誰も、これに着目しなかったのか。
ヒヤマは思い出していた。彼は泣いていたじゃないか。眠りながら涙を流していた。だとすれば、そこに何かの秘密がある。
涙を流すことは必要なことだとよく言われる。それによってストレスが軽減されるのだと。有名な話で、泣いたあとはよく眠れるというのは事実だ。ヒヤマはそれを、昨日も今日も、身をもって体験した。
だとすれば。
――眠りたければ泣けばいい。
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