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第4話
「ごめん。待たせた?」
湊はすまなそうな顔をすると、周りの様子を伺いながら俺の目の前の席に腰かけた。
「あ、あのさ、個室とかじゃないんだね。大丈夫かな?」
個室にしたら、国仲が偶然現れるというシチュエーションが不可能になる。なんてことは湊には言えない。
「ああ、気にしない。こそこそしたって仕方ないだろう?」
俺はあっけらかんとそう言うが、湊は落ち着きなくそわそわと辺りを見渡す。
「一磨……今日の変装は少し甘いよ。なんか、既に正体バレてるかも……」
湊は俺に顔を近づけると小声でそう言った。俺はもう、そのまま首根っこを掴んで引き寄せ、思いっきりディ―プキスをしたくなってしまうくらい、困り顔の湊が可愛くてしょうがない。
「ああ、変装面倒くさくて。ごめんよ。落ち着かないか?」
俺はわざと掛けていた眼鏡を外すと、その眼鏡をしみじみと見つめた。こんな伊達眼鏡、マジで邪魔くさくてしょうがない。
「ああ、ダメだよ、外さないでっ」
湊は慌てたようにそう言うと、俺から眼鏡を素早く奪い取り、両手でそっと耳に賭けた。
「はあ、一磨……僕を怒らせたいの?」
湊は頬を膨らませながら俺を睨んだ。
コロコロと表情を変える湊に俺は完全に虜だ。このまま俺のマンションに連れ去って、朝まで抱き潰したくなる。
俺はこの間の奇跡のような夜を思い出すと、全身に熱い血が流れた。でも、湊は俺の妄想を断固拒むだろうと思うと、滾った血がいつもの平温に変わってしまう。
「何飲む? 今日は飲めるだろう?」
俺はそう言うと、メニュー表を湊に渡した。湊はしばらく繁々とメニュー表を見つめて
いたが、不意に顔を上げて俺を見ると『カルーアミルク』と言った。こんな蒸し暑い夜
に不釣り合いな選択に、湊らしいと俺はひとり笑ってしまう。
「何? 甘いお酒が飲みたい気分なんだよ」
湊はまた軽く頬を膨らませると、『あ、これ食べてみたい』と言って、つまみを選び始めた。
しばらくすると、酒とつまみがテーブルに置かれた。運んで来たウエイトレスが俺に気
づき若干目を見開くのが分かったが、俺はそれを完全無視した。ここで、『北村一磨さん
ですか?』と聞かれたら、『いえ、違います』と言えるくらいのメンタルで俺は今ここにいる。だってこの今は、俺の貴重なプライベートな時間だからだ。誰にも邪魔なんかされたくない。それでもし俺の好感度が下がっても、そんなことどうでもいいが、多分、湊は悲しむだろうなと思うと『はいそうです』と言った方が良いかと、俺は瞬時に思いを変えた。
湊はカルーアミルクを手に取ると、美味しそうにそれを飲んだ。食べたいと言ったつまみも、一口、口に運ぶと、美味しさの余り顔が綻ぶのが分かる。
湊の一挙手一投足が本当に俺を惹き付けて止まない。ずっと見ていても飽きない。俺は強めのカクテルを飲みながら、うっとりと湊を見つめる。
「……どうしたの? もう酔っぱらっちゃったの?」
湊は俺の顔をじっと見つめると、呆れたようにそう言った。
ああ。そうだよ。俺は湊に酔ってるんだよ……。
なんて、こんな歯が浮く台詞、役者の俺でもなかなか言えない。
「ねえ、一磨……事務所にさ、週刊誌とかから、電話やメールないよね?」
俺がひとり上機嫌でそう思っている時、湊は突然、眉間に皺を寄せながら不安げに俺に
尋ねた。俺はその質問に少しだけうんざりしてしまう。これで何回湊は俺にそれを聞いただろう。いくら大丈夫だと言っても、湊の不安はそう簡単には消えないらしい。
「……ないよ。ねえ、湊、俺今そんな話したくない。せっかく湊といられるのに……」
俺は少しイライラしながらつっけんどんにそう言った。湊を傷つけるつもりは毛頭ない
のに、逆に、湊のその態度に俺の方が傷つけられてしまう。
「でも、今日もこんな人が多い場所で会うのは、やっぱり良くないって思うんだよね」
湊はカルーアミルクを一気に飲み干すと、アルコールで頬がピンク色に染まり始める。
「ふっ、その割には結構ピッチ早いじゃん。次何飲む?」
俺は話題を変えたくて、湊の前にメニュー表を差し出した。湊はそれをしばらく眺めて
いたが、不意に酔いが回った目で俺を真っ直ぐ見つめた。
「誤魔化さないで、一磨……僕は真剣に話してる」
湊は近くにいたウエイトレスに、『これをもう一杯ください』とカルーアミルクが入っ
ていた空のコップを指さした。
「じゃあ、何で今日ここに来たの? 湊だって俺に会いたかったからでしょ?」
俺はそう言うと、自分も次の酒をウエイトレスに頼んだ。湊はぎょっとした顔をしな
がら俺を見つめた。俺は別にウエイトレスにどんな話を聞かれても全然平気だし、全くダメージを受けない。でも、湊は表情を強張らせたまま俺を見続けている。
俺はもう自棄になって、湊の手を不意に掴んだ。ウエイトレスがそんな俺の行動に驚いていることに気づきながらも、俺は湊の手を官能的に触ってみる。
湊が焦って手を引こうとした時だった。俺はすっかり国仲との茶番劇が始まる時間を忘
れていたことに気づいた。俺と湊が会ってから30分ぐらいしたら声を掛けてくれと言っていたことを。
「あれー、一磨さん?」
俺は聞き覚えのある声のする方に顔を向けた。そこには、俺たちの座っているテーブル
の横で、つばの付いた帽子を目深に被った国仲が、ニヤニヤと笑いながら立っていた……。
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