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第5話

「すごい偶然ですね! 一磨さんもここで良く飲むんですか?」  国仲はいかにも偶然を上手く装うような自然な演技をした。プライベートでもこんなナチュラルな演技ができるなんて、本当に末恐ろしい男だ。でも、俺も負けてはいられない。 「おー、智希! まさかこんなとこで会うなんてな。一人で来たのか?」  俺も、いかにも偶然に会いましたという演技を肩の力を抜いてしてみせたが、目の前の湊の様子が気になり、若干ぎこちなくなってしまったかもしれない。 「いやそれが、友達が急に来られなくなって今ちょうど帰ろうとしてたんです……あっ、でもここで会ったのも何かの縁じゃないですか? もしお邪魔じゃなきゃ、一緒に飲んでもいいですか? 俺寂しいんですよぉ」   人懐っこさ全開の魅力を振りまきながら、国仲は元気よくそう言った。俺は湊の様子をすかさず伺うと、湊は驚いたように口をあんぐりと開けながら、国仲を食い入るように見つめている。 「湊は? 一緒に飲んでもいい? それとも、二人きりの方が……」   俺がそう言いかけた時、湊はハッした表情を作ると、唇をきゅっと引き締めながら、気づかれないくらい小刻みに首を左右に振った。それ以上は言うなと俺に知らしめるみたいに。 「だ、大丈夫だよ。ちょっと驚いちゃって……まさかここで一磨の共演者に会うなんて思いもしなかったから……あ、は、初めまして。僕は一磨の友人の桜井湊です。よろしくお願いします」   湊は気持ちを切り替えたみたいに、先手必勝とばかり自己紹介を始めた。ただ、友人という言葉を少しだけ強調しながら。 「ああ、一磨さんのお友達かあ。へえ……あのーやっぱり桜井さんもモデルか何かしてるんですか? ちょっとオーラが違うっていうか、凄く素敵だから……」   国仲はそう言うと、さりげなく俺の隣に腰かけた。俺は国仲とそこまで打ち合わせはしていないが、心の中でグッジョブと呟く。 「いえ、僕は今大学院生です。でも、就職先は決まっていて、○○ラジオ局に春から勤務する予定です」 「そうなんだ! 凄いね。俺、ラジオってまだ出たことないんですよ。いつか出演することになったら、湊さんよろしくお願いします」   国仲は調子の良いことをすらすらと並べると、湊に興味津々なのか、前のめりの体勢で、両手で頬杖を付きながら、湊をマジマジと見つめている。   俺はその不躾な視線が気に食わなくて、国仲にメニュー表を渡すと、酒やつまみを選ばせた。国仲はそんな俺の行動に勘づいたのか、わざと酒やつまみを選ぶのを適当にはぐらかしながら、湊への興味を露骨にぶつけてくる。 「ねえ、湊さん……俺たち同性愛の映画を撮影してるんですけど、湊さんみたいなストレートな男からしたら、どう感じますか? やっぱり気持ち悪いですか?」   湊は国仲からの突然の質問に、顔を引き攣らせながら固まってしまう。俺は湊の反応が気になって、わざと助け船は出さず、そのまま様子を伺うことにした。 「え、えーと、気持ち悪いなんて、そんなことは思わないよ。愛には、色んな形があって当たり前だと思うから……」   湊は国仲を見ながら、ゆったりとしたペースでそう言った。湊は、あくまでも自分のペースを崩さないよう、国仲という男を探っているように感じる。 「そうなんだ。湊さんが柔軟な人で良かったな。時たま、露骨に嫌悪感出してくる奴いるからさ……あ、俺ね、バイセクシャルなんですよ。一磨さんから聞いてません?」 「え?……」  湊は、カルーアミルクを飲もうとして伸ばした手を、まるで時間が止まったみたいに止 めると、ゆっくりと国仲ではなく俺の方を見た。その目は、驚きの中に少しのショック を滲ませていて、俺はそんな湊の目に、異様に興奮してしまう自分が嫌になる。  湊……どうする? 湊の勘は当たってるよ。国仲は俺に抱かれたいんだってさ!   俺は湊の瞳にゾクゾクと体を震わせながら、心の中でそう叫ぶ。 「……そ、そうなんだ。し、知らなかったな……か、一磨からは聞いてないよ。だってそんなセンシティブなこと、簡単に人に話しちゃいけないよね?」  湊は平静を装うように明るい口調でそう言ったが、目だけは全然笑っていないのがひしひしと伝わって来る。 「ああ、確かに。一磨さんはそんな人じゃないですね。すごく信頼できるかっこいい人で す……でも、俺、バイセクシャルなんで、演技だと分かっててもその……キスとかされち ゃうとすごく興奮しちゃうっていうか……だって一磨さん、めちゃくちゃキス上手なんですよ。湊さん。一磨さんの演技力ってヤバくないですか?」  国仲はウエイトレスが運んで来た酒を豪快に飲みながら、過激な内容を流暢に話し始め る。俺は少しやり過ぎだとは思ったが、このまま国仲を自由に泳がせてみたいという欲望 がうずうずと顔を出す。 「ねえ、一磨さん……一磨さんは偏見なくバイセクシャルな俺を受け入れてくれてますよ ね? でも、流石に湊さんはこんな話嫌ですよね。すみません。俺何でも考えなしに話し ちゃうとこあるからなあ……」  国仲は楽しそうに笑いながら、さり気なく俺の方に体を寄せると、わざとらしく自分の 腕を俺の腕にぶつけてくる。半袖から剥き出しのお互いの肌が、しっとりと触れ合うのが 分かると、俺は確認するようにすかさず湊を見つめた。  湊は近くにあったおしぼりをぎゅっと握ると、その手が小刻みに震えていることに俺は気づいた。俺はそんな様子の湊に、ドキドキと心臓が高鳴ってしまう。湊は今確実に、国仲への嫉妬心を必死に抑え込んでいるに違いない。  湊はおしぼりを強く握りながら、国仲を見ている。その目は、今まで見た湊のどの目にも当て嵌まらないほどの鋭さを伴わせていて、俺は湊の違う一面を見た気がするが、俺には湊のどんな一面でも受け入れる自信しかない。 「ねえ、一磨さん……俺、一磨さんとのキスが忘れられないです。演技の練習だと思って、ここでキスしていい?」  え?……。  突然国仲が有り得ないことを言い放った。俺は瞬時に状況が飲み込めず、口をえの字にしたまま固まった。その隙に国仲は俺の頬をいきなり掴むと、素早く俺にキスをした。危うく舌を入れられそうになるのを俺は必死にガードすると、国仲を渾身の力で押し戻す。 「お、お前バカか! こんなとこで何すんだよ!」  俺は驚きと怒りで国仲を罵った。慌てて湊を見ると、湊はおしぼりを投げつける体勢をしたまま、瞳をこれでもかと大きく見張りながら俺たちを茫然と見つめている。  その時、国仲はいきなり残りの自分の酒を一気に煽ると、『俺、やっぱこんなのヤダよー』と叫びながら、突然テーブルに突っ伏してしまった……。

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