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第7話

「湊! 待って!」  俺が湊の後を追いかけようとして立ち上がった時、国仲が俺に体重を掛けてそれを邪魔をした。 「ちょ、離せよ! マジで!」  俺がそう叫んだ時、国仲がいきなりパッと俺の腕を離した。俺はそのせいで、危うく床に尻もちを付きそうになる。 「はあ、ほんとマジやってらんない……一磨さん、早く追いかけな。二人でこれからのことちゃんと話した方がいいですよ」 「え?」  俺は驚いて国仲の頭上を見下ろした。国仲はまたニヤニヤした顔をしながら俺を見上げる。 「どう? 俺の演技? なかなかだったでしょ?」  国仲は自信ありげにそう言って、自分も立ち上がる。 「え、演技ってどこからどこまでが?」    俺は唖然としながらそう問いかけた。 「そうだなあ、全部と言いたいところだけど、テーブルに突っ伏した後かな。もうあの後から俺は、一磨さんを諦めようって思えたから。だって湊さん……想像以上に素敵な人なんだもん」  強がりなのか本音なのか、正直俺は国仲の心情が読めない。でも、それが嘘でも本当でも、俺はこの男が憎めない。だって、ぶっちゃけ俺が一番最低なのは事実だから。 「ごめん。智希……俺、本当に湊が好きなんだ。世界で一番大好きなんだよ。だから俺はお前の気持ちには応えられない……でも、俺を好きになってくれてありがとう。俺は智希に好きになってもらえて、凄く光栄だよ」 「はっ、今更何言ってんですか。さっさと追いかけてくださいよ」  国仲は呆れたように俺の胸をぐっと押すと、早く行けというジェスチャーをする。  俺は国仲に頭を下げると、湊を追いかけるため店を出た。外に出ると、むあっとした不快な空気が体に纏わりつく。俺はその空気を拭うように湊を必死で追いかける。  湊はちょうど反対側の道に行くために、横断歩道を歩いている最中だった。あと少しで信号が赤に変わってしまいそうになることに俺は気づくと、必死に横断歩道まで俺は走った。でも、俺が横断歩道に辿り着いたと同時に、信号は赤に変わってしまい、俺は反対側の道にもう少しで辿り着きそうになる湊に大きな声で呼びかけた。 「湊―!! 待ってー!!」  湊は俺の声に気づくと、慌てて振り返った。  俺は両手を上げて、ジャンプしながらぶんぶんと上下に腕を振ると、自分の存在をこれでもかとアピールした。周りには普通に人が沢山いて、そんな俺を奇異な目で見つめているのを分かっていても、俺はお構いなしにアピールを続ける。  湊は俺の存在に気づくといきなり走り始めた。俺はそれに焦り、慌てて信号機を睨んだ。あと数目盛りで青になるところだが、その時間がとてつもなく長く感じる。  俺は心の中で『くっそーーーー!!!』と叫びながら、今か今かと青になる瞬間を待ち侘びた。その間も湊は、まるで何かから逃げるように走り続けている。  大丈夫。絶対追い付く。だって湊足遅いし……。  俺は自分にそう自信を付けると、信号が青になった瞬間猛ダッシュをキメた。  元陸上部の俺を舐めんなよ……。  俺は長年走り込んできた脚力を使い、湊に向かって猛然と突っ走る。  湊は自分を追いかけてくる俺の存在に気づくと、一旦立ち止まったが、そこで息を整えたのか、また走り始めた。  ああっ、もう! 何で逃げんだよ!  俺はそう叫びながら必死に走り続けると、湊は疲れ始めたのか、湊との距離が徐々に縮まっていくことに気づく。残り数十メートルの距離まで来た時、俺は更にスピードを上げると、まるでバトンを渡すリレー選手のように、湊の手首を強く掴み取った。 「はあ、はあ……な、何で逃げんだよ!!」  俺は湊の手首を強く掴んだままそう叫ぶと、片方の手を膝に当てて、肩を上下させながら息をした。久しぶりのこんな猛ダッシュに、我ながらクラクラする。  湊は、苦しそうに肩を揺らして息をしながら、俺に背を向け俯いている。 「……はあ、国仲君は?……はあ、どうしたの? 置いてきちゃったの?」  湊は俺を見ずにそう言った。俺はまだ国仲のことを気にする湊にカっとして、掴んでいた湊の手首を思い切りひっぱり、湊の体を正面にして強く引き寄せた。こんな熱帯夜の中を走ったら、さすがの湊でも、額と首筋を汗でしっとりと濡らしているのが分かる。俺は性懲りもなくそんな湊に興奮してしまう。 「ああ、置いてきた。でも、ちゃんと謝った……俺を好きになってくれてありがとうって、心を込めて伝えた……もう、俺を諦めるって言ってくれたよ。どう? これで満足?」  俺は湊の色香にやられ、このまま強く湊を抱きしめたかったが、さすがの俺もこんな往来でそれをするのは憚れる。 「はあ、はあ、そ、そうなんだ……でも、く、国仲君の方が、僕より一磨と上手くいくかもしれないね……僕はいつも、周りばかり気にしてるから……でもね、それはね、一磨が役者を辞めたりしないようにだよ! 確かにこんな関係は辛いよ。でも、一磨には自分の人生をもっと大切にして欲しいんだよ。僕だけがすべてだなんて……そんなの、正直重いんだよ!」  俺は湊の言葉に体を一瞬で硬直させた。更に『重い』という言葉に、自分が頭から『重い』という大きな石に強く押し潰されているような感覚を味わう。そんな風に湊を思わせていたことに、俺はショックで膝から崩れ落ちそうになる。 「はは、重いか……確かにそうだな。俺は湊以外何も要らないから……でも、どうすることもできないんだよ。本当にそうなんだ……役者をやってるのも、湊が喜んでくれるからなんだよ……」 「……ぼ、僕が喜ぶなら一磨は何でもするのか? どんなひどいことでも? そんなのおかしいよ!」  湊は、俺の両腕を掴んで揺さぶりながらそう言う。掴まれた腕から湊の手の体温が伝わる。それだけで俺はもう幸せだ。湊に触れられるだけで、俺はいつでもどんな時でも幸せになれる。重いとかおかしいと言われても構わない。自分でも、湊に向かうこのまっすぐな感情をどうすることもできないのだから。  俺はそう開き直ると、ショックをかき消すように膝にぐっと力を入れた。 「ああ、できる。どんなことでも」 「そんな! 一磨、目を覚ましてくれよ!」  湊は俺を上目づかいで見つめながら、更に俺の腕を強く掴んで懇願する。 「湊……そんなこと言って後悔しないか?」 「え?」 「じゃあ、俺は今すぐバーに戻って、智希と早速一夜を共にしようかな。セフレでもいいって言ってたし。色んな経験がさ、勉強になるっていうか、役者としての表現力に繋がるだろう?」  俺の言葉に、湊の表情がさっと変わるのが分かった。その変化に、俺の背筋がぞくりと粟立つ。 「ち、違う……僕はそんなことが言いたいんじゃなくて……」  湊はあからさまに瞳を泳がすと、俺の腕を強く握りながら震える声でそう言った。俺はそんな湊の様子に、心から深い溜息を漏らす。  マジ可愛い、世界一可愛い……俺だけの湊! 「何で? そういうことではないの?」  俺は湊への溢れる気持ちを抑えながら、わざととぼけるように言って湊を煽る。 「ち、違う! 全然違う! 戻っちゃだめだよ! 一磨!」  湊は俺に必死にしがみつきながら、そう懇願する。  ったく、行くわけないじゃん……湊はアホなのか?  俺はすかさず湊の腰に腕を回すと、ぐっと自身の昂ぶりを湊のそれに押し付けた。 「湊、ホテル行こうか……俺の愛で……湊を押しつぶしちゃうくらい抱いてあげるよ」  湊はハッとして俺を見ると、素早く俺の胸に顔を埋めた。よく見ると、それが返事とばかりに、湊の白い項が赤く染まっていることに俺は気づいた……。

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