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第3話 僕と彼の距離

「ユタ、本当にそれが誕生日プレゼントでいいのか?」 「うん、ありがとう、巳雷。大切に使うね」 僕が誕生日プレゼントに買って貰ったのは、有名メーカーの砥石だった。 砥石だけでは気が済まないという巳雷はそのあと、エプロンやらハンドクリームやらも付けてくれた。 料理をしていると手が荒れてしまうので、自分ではなかなか買わない高級なケアアイテムはとても助かる。 因みに去年はマユタングッズをプレゼントして貰った。 「ユタは大学を出たら、料理の専門に通うつもりなんだろ?」 「うん。お義父さんが許してくれたから、そうするつもり」 巳雷の言葉に、僕はこくりと頷く。 「俺の母さんが、ユタが将来料理研究家になりたいなら、喜んで協力するって言ってた」 「うわぁ、それは光栄な話だな」 「助手になったらこき使われるだろうけど、そうなったらこれまで通りユタとの時間も確保できそうで俺は嬉しい」 「え……と、そうだね」 いや、僕的にそれは困るのだけど。 これから巳雷に綺麗な恋人ができて、僕と会う時間なんてなくなって。 いつかこいつが俺の恋人、なんて紹介されたりして。 そんな地獄を想像して、涙が滲みそうになった。 「……ユタ? どうした、大丈夫か?」 「えと、ちょっと目にゴミが入ったみたい」 「見せてみろ」 ぐいっと顎を掴まれ、上を向かされた。 近距離で迫る、巳雷の整った顔。 どきどきしすぎて、心臓が口から飛び出してしまいそう。 僕がぎゅっと目を瞑ると、巳雷がふっと笑った気配がした。 「おい、目を瞑ったら見えないって」 「あ、ごめん」 「目だけ動かしてみて」 「うん」 僕は軽く瞬きをして、視線だけを上下左右に動かす。 薄く開いた巳雷の唇から洩れた吐息が、僕の唇を掠めた。 「何もなさそうだけどな」 「うん、もう平気みたい」 ごめん、本当はゴミなんて入ってないのに。 人に心配をさせておいて、ひとりこの距離感に喜んでしまうなんて、僕は友人失格だ。 反省した僕は距離を取ろうと、顎を掴んでいた巳雷の手をぐっと押し退けながら笑った。 「ちょっと、近いって」 「……か?」 「え?」 「ユタ、俺のこと、気持ち悪いか?」 「……ええ?」 僕がパッと顔を上げると、そこには傷ついたような顔をした巳雷がいた。 「な、なんで僕が巳雷を気持ち悪いとかって思うの?」 そんなはずないのに。 僕はわたわたと巳雷に縋りつく。 いつも太陽みたいに笑っている巳雷が、そんな曇り空みたいな表情を浮かべていることが嫌だった。 それも、僕のせいで。 しかしその時、僕たち二人をチラチラと見る通行人に気づき、ここが道の往来であることを思い出した。 「巳雷、ひとまず家に帰ろう」 「……ん」 僕の手を引くのはいつも巳雷だったのに、この日は僕が巳雷の手を引いて帰宅した。 *** 帰宅するなり、巳雷は僕をぎゅっと後ろから抱き締めた。 もしかすると、情緒が不安定なのかもしれない。 こんな巳雷ははじめてで、僕は内心焦りながらくるりと振り返り、ぎゅっと抱き締め返す。 「どうしたの、巳雷。大丈夫?」 「……ユタが、俺を突き放したから。やっぱり俺のこと、気持ち悪かったのかなって思って」 「突き放してなんかないし、気持ち悪くもないよ!」 「俺がゲイだと知っても、傍にいてくれるのか?」 僕は両頬にそっと触れる巳雷を真っ直ぐに見上げ、懸命にこくこくと頷いた。 「もちろんだよ。巳雷はずっと僕の大事な……親友、だから」 自分で言って、胸が痛んだ。 恋人にはなれないけど、巳雷はずっと、僕の大事な人だ。 「じゃあ……卒業しても、一緒に住んでくれるか?」 「えっ……?」 つい先ほどまで一緒に住むのは卒業までだな、なんて考えていた僕は、思わず言葉に詰まった。 そんな俺の反応を見て、巳雷は再び沈んだ表情を見せる。 「やっぱり、男を性対象として見る俺とは、一緒にいたくないか?」 「そんなことないってば!」 「じゃあ、ずっと一緒にいる?」 「いるよ、いる」 「そっか、良かった。俺、ユタには嫌われたくない」 僕の頬をすりすりと両手で包み、優しく撫でる巳雷。 その表情は再び雲間から現れた太陽のように明るく、少しホッとする。 「……あのさ。一応聞くんだけど、巳雷って男相手に、シたいとかって思うの?」 昨日チラリと見えたゲイビの表紙だかパッケージだかを思い出しながら、僕は直球で尋ねた。 僕は巳雷のことが好きだけど、そこまでリアルに考えたことはなかった。 自慰くらいはするけど、羞恥心が勝ってAVとか見るのは苦手なほうだ。 だから尚更、男を……巳雷を相手にどうこうするというのも想像がつかない。 せいぜい、キスくらいだ。 「もちろん」 「へえ……そうなんだ」 僕と巳雷は手を繋いだままリビングへと移動する。 「ユタはシたいって思わないのか? マユタンとか、想像しない?」 「うーん、そんなに思わないかも」 僕はそう言いながら買って貰った砥石をローテーブルの上に置いて、その梱包を丁寧に開けた。 「なんで? もしかして、実は俺が知らないところで、もう飽きるくらいにヤりまくってるとか?」 「ばか、そんなわけないだろ。単に、性欲があまりないだけじゃないかな」 「ふーん……」 「どっちにしろ、僕は巳雷の対象外だし、なんの心配もいらないでしょ。お互い恋人ができるまで一緒に住むのは賛成だよ、家計的にもありがたいし」 「ああ……そうだな、そうだった」 もしかして、友人にゲイバレして避けられた過去があるのかもしれない。 悲しそうに笑った巳雷を見て、僕は巳雷に恋人ができるまで、自分から距離を置くことはやめようと気持ちを入れ替えた。

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