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第8話

最近、晴彦さんの音を聞くのがつらい。晴彦さんの音は怒鳴っているような、泣いてるような音をしている。一見誰でも傷つけるようで自分を傷つけている音。2人に会う前の俺の音だ。俺は、兄がいる。兄は俺の3個上でいつもベースを弾いていた。ベースが下手だとバンドの音は締まらない。と言って、いかにベースがかっこいいかを俺に力説してきた。俺はギターのがかっこいいと思ってたけど、兄のバンドのライブを見た時からベースの虜になった。兄はバンドメンバーと上手くいっているように見えたが、兄とメンバーとの熱量の差から徐々に亀裂が生じて、バンドは解散してしまった。そこから、兄は壊れていった。狂ったようにベースを弾く日と何にもしないで部屋から出てこない日の繰り返しだった。でも、兄は変わろうとバイトや就職活動を頑張った。高卒の兄に待ち受けていたのは、絶望感だけだった。そして、ある日兄は「今まで、ありがとうございました。」という置手紙だけを残して、家から出ていったきり、連絡が取れなかった。俺は、憧れの兄が潰れて、音楽の才能もなくなって、勝手にいなくなってしまったことに絶望して怒った。家でベースを弾くと、家族が悲しそうな顔をするから近所のカラオケで毎日、練習していた。兄を必要としなかったバンドへの恨みというように独りよがりな音をだした。そんな時に、部屋を間違えて入ってきた晴彦さんにバンドに誘われて、2人と演奏していく内に、初めのころの、純粋な憧れを取り戻していくことができて、今は前よりは前向きな気持ちで音楽をできていた。晴彦さんには感謝してもしきれない。そんな人が今、あんなに苦しんでいるのを見るのが兄と重なってみえて辛い。晴彦さんの不調を理由に、fat catは最近、ライブをしていなかった。そんなときに、小野寺さんからLINEがきた。「最近、大丈夫ですか。」

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