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第6話 溺れる日々

◇ 「月本さぁーん。今日これから飲みに行こうかって話してるんですけど、一緒にどうですかぁー?」  夜勤へ入る検査技師への引き継ぎも終了した午後六時、退勤しようとしていたところに同僚たちから声をかけられた。既にいつもの場所へ出かけようと思い着替えを済ませていた僕は、彼女たちの方へ視線を送りながら、手の中で小さく震えるスマホへと目を落とす。  毎日退勤後に向かうバー『プルシアン』のママに、今日も行くとメッセージを送っておいたのだけれど、その返事だろうか。通知に並ぶ文字が、いつもより妙に多い事が気になる。 「検査部の飲み会ですか?」 「いえ、救命と外科の看護師も一緒です。今日忙しかったらしくて、飲むなら連れて行ってと言われてまして。月本さん、知らない人がいても大丈夫ですよね?」 「はい、大丈夫ですよ。飲み会ならなんでも行きます」 「わあ、すごいやる気じゃないですか。月本さんが遊び人になったっていう噂って本当なんですね」  彼女はそう言うと、ニヤニヤと嫌な笑顔を作って揶揄ってくる。だから、僕は逆に出来るだけ無垢に見えるような表情を大袈裟に作り、 「別に遊んでるつもりはないんですけれどね。いい人に出会いたいですから、積極的に出掛けるようにしてるんです。だから、終業後の飲み会はいつでも誘って下さいね。いい物件は僕に流してください」  と笑いかけた。  すると彼女は、「うええ」と言いながら顔を顰め、汚いものを見るようなフリをする。嫌悪感を丸出しにしたような嫌味っぽい笑顔を貼り付けながら、 「純粋そうな顔を作って、そういうことを言わないでくださいよ。怖いなあ」  と言った。そうして、すぐにふっと吹き出す。 「むしろもっと遊んでくださいよ。もしかしたらどこかで同レベルのガイドに出会えるかも知れないじゃないですか」 「——そうですね。そうだといいんだけど」  僕が遊ぶようなタイプではないことを、彼女はよく知っている。  そもそもセンチネルにとって大勢での飲み会の場というのは、苦行の場のようなものだ。音、匂い、色、接触……。あげればキリがないほど、情報過多で息苦しい。世の大体のセンチネルは飲み会の場を避けたがる傾向にあって、僕も例外なくそうだった。  それなのに、最近になって声をかけられた飲み会には全て参加している。石田さんはそのことに疑問を持っているだろう。  でも、それを深く追求しようとはしない。事情があって出歩いているのだろうと想像がついてはいるのだろうけれども、僕が進んで話さないことを。わざわざ無理に言わせようとはしない人なのだ。友人の少ない僕にとって、石田さんの存在はとてもありがたいものだ。  そんな彼女と話しているときに、普通ならスマホを見たりしないのだけれど、さっきのメッセージがどうしても気になってしまい、断りを入れながら内容を確認する。ママが僕に送るメッセージでは、いつもは自分で作ったという可愛らしいOKマークだけが送られてくる。そうやって、やり取りをする相手に負担をかけずに、一目で理解が出来るように気配りがされているはずだ。  だから、あまりに返信内容が長いと、ママに何かあったのかと気になってしまう。読んでみると、どうやら緊急性のあるものでは無いようで安心した。それどころか、内容はいつも通りだった。ずっと変わらない、僕への気遣い。それが、そこに記されていた。 『了解、待ってるわね。でも、今日は疲れた人が多いらしくて、当日に入った予約が結構多いのよ。あんた、うるさいのダメでしょう? ちょっと遅くに来た方がいいかもしれないわよ』 「じゃあ、ちょうどいいかな」  遅くに行ったほうがいいのなら、飲み会に行って帰りに寄ればちょうどいいかも知れない。石田さんにもはっきりと参加する旨を伝えると、彼女はとても喜んでくれた。 「それにしても、客が多いなんていつもの事なのに、わざわざそれを伝えてくるなんて、よほどの理由があるのかな……」  そういえば、以前はこういうメッセージがよく来ていた。  ママは僕が深いケアを受けることが出来ないことを知っているため、店が十分な対処を出来そうに無い時には、こうして事前に店の状況を知らせてくれる事がある。 ——「レベルが高すぎて苦労するなんて、大変でしょう? あんたは何も悪く無いんだし、あたしたちが力になってあげられることは、何でもしてあげるからね」  僕が初めてママにレベルを打ち明けた時、ケアバーなのにケアをしてあげられない事が申し訳無いと言って、彼女は僕に丁寧なお詫びをしてくれた。  その時の彼女の表情を思い出す。  ガイドとしての勤めを果たす事が出来ない事への忸怩たる思い。それが滲み出る顔をしていた。それ以来、僕が少しでも生きやすくなるようにと、色々と気を配ってくれている。  このメッセージも、きっとそのうちの一つなのだろう。今も続くその気遣いに、思わず顔が綻んだ。 「じゃあ、後から行くね……っと。飲み会終わりに行けば大丈夫かな」  そう呟いて、スマホをバッグへとしまう。それから、急いで石田さんたちの待つ店へと向かった。

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