6 / 25
第6話 溺れる日々
◇
「月本さぁーん。今日これから飲みに行こうかって話してるんですけど、一緒にどうですかぁー?」
夜勤へ入る検査技師への引き継ぎも終了した午後六時、退勤しようとしていたところに同僚たちから声をかけられた。
既にいつもの場所へ出かけようと思い着替えを済ませていた僕は、彼女たちの方へ視線を送りながら、手の中で小さく震えるスマホへと目を落とす。
毎日退勤後に向かうバー「プルシアン」のママに、今日も行くとメッセージを送っておいたのだけれど、その返事だろうか。通知に並ぶ文字が、いつもより妙に多い事が気になる。
「検査部の飲み会ですか?」
「いえ、救命と外科の看護師も一緒です。今日忙しかったらしくて、飲むなら連れて行ってと言われてまして。月本さん、知らない人がいても大丈夫ですよね?」
「はい、大丈夫ですよ。飲み会ならなんでも行きます」
「わあ、すごいやる気じゃないですか。月本さんが遊び人になったっていう噂って本当なんですね」
彼女はそう言うと、ニヤニヤと悪どい笑い顔を作って揶揄ってくる。だから、僕は出来るだけ無垢に見えるような表情を作って、
「別に遊んでるつもりはないんですけれどね。いい人に出会いたいですから、積極的に出掛けるようにしてるんです。だから、終業後の飲み会はいつでも誘って下さいね」
と笑いかけた。すると彼女は、「うええ」と言いながら顔を顰め、汚いものを見るようなフリをする。嫌味っぽい笑顔を貼り付けながら、
「純粋そうな顔を作って、そういうことを言わないでくださいよ。怖いなあ」
と言った。
僕が遊ぶようなタイプではないことを、彼女はよく知っている。だからこそ、こうしてからかってくる事が出来るのだろう。
しかし、それ以上深く追求しようとはしない。事情があって出歩いているのだろうと想像がついてはいるものの、僕が進んで話さないことを無理に言わせようとはしないのだ。
友人の少ない僕にとって、石田さんの存在はとてもありがたい。
そんな彼女と話しているときに、普通ならスマホを見たりしないのだけれど、さっきのメッセージがどうしても気になってしまい、断りを入れながら内容を確認する。
ママのメッセージには、いつもは自分で作ったという可愛らしいOKマークだけが送られてくる。そうやって、やり取りをする相手に負担をかけずに、一目で理解が出来るように気配りがされているはずだ。
だから、あまりに返信内容が長いと、ママに何かあったのかと気になってしまう。読んでみると、緊急性のあるものでは無いようで安心した。
それどころか、内容はいつも通りだった。ずっと変わらない、僕への気遣い。それが、そこに記されていた。
『了解、待ってるわね。でも、今日は疲れた人が多いらしくて、予約が結構多いのよ。あんた、うるさいのダメでしょう? ちょっと遅くに来た方がいいかもしれないわよ』
ママからのメッセージに、思わず目を瞠った。プルシアンに客が多く来るなんて、いつもの事だ。それなのにわざわざそれを伝えてくると言う事は、僕を不快にさせるタイプの客が来るのかもしれない。
そういえば、以前はこういうメッセージがよく来ていた。最近は減っていたけれど、ママは僕が深いケアを受けることが出来ないことを知っているため、店が十分な対処を出来そうに無い時には、こうして事前に店の状況を知らせてくれる事がある。
『レベルが高すぎて苦労するなんて、あんたは何も悪く無いじゃない? だから、あたしたちが力になってあげられることは、何でもしてあげるからね』
僕が初めてママにレベルを打ち明けた時、ケアバーなのにケアをしてあげられない事が申し訳無いと言った謝ってくれた。その時の彼女の表情を思い出す。ガイドとしての勤めを果たす事が出来ない事への忸怩たる思い。それが滲み出る顔をしていた。
それ以来、僕が少しでも生きやすくなるようにと、色々と気を配ってくれている。このメッセージもそのうちの一つなのだろう。今も続くその気遣いに、思わず顔が綻んだ。
「じゃあ、後から行くね……っと。飲み会終わりに行けば大丈夫かな」
そう呟いて、スマホをバッグへとしまう。それから、急いで石田さんたちの待つ店へと向かった。
ともだちにシェアしよう!

