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第7話 溺れる日々2
◇
「あ、月本さあん、こっちですー!」
石田さんの甲高い声が耳に突き刺さる。場所を教えてもらった時から覚悟してはいたものの、居酒屋という騒音の魔窟のような場所に、酔って聴力が落ちているのか、あちこちから甲高い笑い声と、叫ぶような野太い歓声が響いている。
その中で遅れて来た僕が悪いのだから、彼女を咎める事は出来ない。そもそも、ガイドである彼女には、聞こえすぎる苦しみというのは理解は出来ても、実感することは出来ない。完全にわかってもらおうとする方が無理がある。
いくら気をつけていても、思わず大声で叫んでしまったり呼んでしまったりしてしまうことは、誰にでもあるものだ。普段彼女にどれほど気を遣ってもらっているかを知っているからこそ、この後の彼女の行動は手に取るようにわかる。
あ、やっぱりだ。しまったという顔をして、手で顔を覆っている。そして、僕の反応を伺うように、指の隙間からこちらを眺めていた。気にしなくていいよという思いを伝えようと、申し訳なさそうにしている彼女に向かって、僕は微笑みながら手を振る。
それを見た彼女は、パッと表情を明るくする。周りにまとわりついていた後悔の青いオーラが散り、入れ違いに淡い黄色のものがふわりと湧き出してきた。
——悲しくなるほど気にしなくていいって言ってるのに……。
そう思いながらも、周囲の煩さには辟易とする。
ミュートやガイドばかりの飲み会となると、大体こうなるということは分かっている。センチネルに合わせてもらうと、配慮の行き届いた店ばかりになり、どうしても値が張ってしまう。それでも、いつもは彼らの方が僕に合わせようとしてくれる。昔なら、喜んでその好意を受けただろう。
でも、今の僕にはそれが嬉しいとは思えない。涼介が亡くなって以来、センチネルとして配慮してもらう度に、胸の奥に重苦しい痛みが生まれるようになってしまったのだ。
だから、今日のお店も、彼女たちが行きたいところにして欲しいと頼んでおいた。石田さんは心配してくれていたけれど、補助ツールとして聴覚調整用のピアスをしていくから大丈夫だと、事前に伝えて了承してもらっている。
そう、伝えていたのにそれをつけないまま店に入った僕が悪い。通路の端に寄り、邪魔にならないように気をつけながらポケットを探る。指先が金属の冷たさに触れると、徐にそれを掴んで引っ張り出した。
フープタイプのピアスのポストが、ホールを通り抜ける。体の一部を異物が通り抜ける感覚は、いつまで経っても慣れない。それでも、そのおかげで自分はアウトすることは無いと安心する事も出来るので、助かっている。
ポストをキャッチできる位置まで回し切ると、カチッと音が鳴るまで押し込んだ。その音が鳴ると同時に、周囲の騒音が半減する。それだけで、何かから解放されたような心地よさを感じた。
ふう、と一息ついて石田さんの待つ座敷へと向かう。彼女の後ろに、数名の女性が待ち構えるようにこちらを見ているのが分かった。
「う、こわっ」
思わずそう零す。こちらを向いている視線の全てが、恐ろしいほどに薄桃色に染まっていた。こんな色の中に入って、正気を保てる自信が無い。仕方が無いので、オーラの見えが半減するカラーグラスも取り出し、テーブルに近づきながらかけてみた。
——あ、消えた。よかった……。
ようやくクリアな視界を手に入れて、安堵する。
しかし、それでも帰宅してからの地獄に比べたら、ここで質問攻めに合う方がマシだと思ってしまった。彼女たちは、僕に痛みを与えようとはしない。お酒を飲めば、その分感覚も緩慢になるから、何も考えなくて良くなるだろう。
発想がすでにアルコールから抜け出せなくなりつつあることを理解してはいるものの、それ以上どうする事も出来ない僕は、いつも仮初の居場所を求めている。
今日はこの場がそうなるだろう。だから、ここにふさわしい人を演じようと思っている。
石田さんが開けてくれていた場所へと座りながら、しっかりと笑顔を貼り付ける。すると、待ち構えていた彼女たちが、大挙して押し寄せて来た。
「お疲れ様ですぅー」
ベッタリと張り付くような声が、方々から飛んで来る。僕はその人数に面食らう。いくら構えていたとはいえ、あまりに人数が多い。
どうやら、入り口から見えていた人が全てではなかったようだ。石田さんが僕に声をかけたくらいだから、少人数の飲み会なのかと思いきや、なかなかに大きな会だったようだ。
「遅れてすみません。今日参加者多いんですね」
差し出されるメニューを受け取りながら、隣に座る石田さんへそう問いかけると、
「月本さんが行くって言ったからですよ。最初は五人くらいでしたから……」
乾いた笑いを返しながら、石田さんは既に疲れた顔をしていた。
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