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第10話 ケアバー プルシアン
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飲み会の場所から走って五分。大通りから一本入った場所に、ひっそりと佇むケアバー「プルシアン」がある。そこは正式なパートナーを持つことを面倒に思うようなセンチネルたちが、仮初のパートナーを求めて遊び歩いている店だ。
ただし、会員制で身元がはっきりしている者しか出入りできないようになっていて、入り口には厳つい見た目の警備が二人立っている。僕も今の仕事を始めてからは頻繁にお世話になっていて、最近は毎晩ここに来ている。もはや第二の我が家のようなところだ。
警備に会員証をスキャンして貰って階段を下り、中へと入っていく。金曜日の深夜とあって、バーはほぼ満席だった。
「うわ、この時間でもまだこんなにいる。連絡もらっておいて良かった」
見渡すと、いつもは人の少ないブースにまで、ぎゅうぎゅうに客が詰まっている。
「あー、そっか。今日は彫り師が総動員されてるんだ。元々客が多い日なんだっけ」
そのブースでは、ガイドの彫師がセンチネルにタトゥーを彫ってくれる。センチネルが特定の相手を作らずにいる場合は、ケアが間に合わず亡くなることになっても構わないという意思表示をするように義務付けられていて、そのために白い蓮の花のタトゥーを入れなければならない。
その印を入れておけば、特定の相手を持たなくても、国から咎められる事がないと約束されているのだ。それをするのが嫌なら、自分の相手くらい自分で探しなさいという脅迫のようなお達しを、僕らはセンチネルという烙印を押された日に言い渡されている。
実は僕の胸にもそれがある。ただ、僕の場合は、特定の相手を探していますが、レベルが高過ぎて見つかりませんという意思を表示してあるらしい。なぜ「らしい」と他人事のようであるかというと、このタトゥーはセンチネルの目には見えないからだ。見えないものは確認のしようが無い。
僕がそれを彫ったのは中学に入る直前の十二歳の時で、ガイドである父さんに見守られながら、プルシアンで国指定の彫師である白藍国明 というお爺さんに施術を担当してもらった。
そのお爺さんは高レベルのガイドで、彼が僕に触れることで発生する痛みというものが無かった唯一の人だった。針を刺して色をつけるという行為自体が怖過ぎて、僕はそれをしないといけないということを考えるだけでゾーンアウトしそうだったのだけれど、そのお爺さんがすごく優しくて、終始ぬるま湯に浸かっているような穏やかな気持ちの中で施術してくれたので助かったのを覚えている。
施術の度に父さんが付き添ってくれていて、完成したものはちゃんと指示通りに彫られていると確認してもらっている。でも、僕の目には見えないので、本当のところは正直何も分からない。僕の目はなんでも見えるのだと思っていたので、自分に見る事が出来ないものがあると知った時にはとても驚いた。
どうしてセンチネルにそのタトゥーが見えないようになっているのかと訊いてみると、それが体に描かれているだけでショックを受ける人もいるからだと教えてくれた。僕はそれを訊いて納得した。確かに、センチネルだと自分の体にタトゥーが入っているのが見えてしまうと、毎日鏡を見るたびに嫌な気分になるかも知れない。
人間の体は複雑で、ただでさえ情報量が多い。その上白とはいえ蓮の花が描かれていたとしたら、その線の様子や描かれた花の造形を分析して認知しようとしてしまうだろう。一度であればわかるけれど、それが毎日続くと嫌になるに決まっている。受容器が発達しすぎた人間にとって、情報量なんて少ない方がいいに決まっているのだ。
そして、これを見る事が出来るガイドの能力を持つ物であっても、誰でも見ることができる訳ではない。描かれている場所が、プライベートゾーンに近いからだ。
基本的には人に見せるものではなく、病気でも怪我でも無いのに倒れているセンチネルがいた場合、検査をしなくてもゾーンアウトの可能性へと辿り着けるようにするために必要なものなのでそうなったらしい。
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