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第16話 僕を導く人1
◇
——「なあ、雪弥。お前も来いよ。俺たちの結婚と割烹の開店祝いなんだぞ。今までずっと一緒だったんだから、これからもそういう時は三人一緒にいたらいいじゃないか。お前だけいないなんて、俺は嫌だよ」
大柄で鷹揚な人柄が魅力だった涼介と、繊細で温和な知紀、そして、小さな頃から五感を閉じていたために口数少なく育った僕は、近所で生まれ育った幼馴染だった。彼らが結婚してからも、それまでと変わらずに三人一緒に過ごせるような、家族のような存在だった。
僕は知紀を好きだったけれど、何よりも彼が涼介の隣で幸せそうにしているのを見るのが好きだった。独占したい気持ちもあったけれど、僕ではさせてあげられないような笑顔を涼介が引き出せると知った時に、不思議なくらいにすっきりとその気持ちを手放すことが出来ていた。
それに、何よりも涼介という男のことも友人としてとても好きだったので、三人でいる時も、嫉妬心よりも居心地の良さが上回っていた。
涼介が死んでしまってからも、知紀とはそうして変わらずに過ごそうと思っていた。それは僕の考えでそうしたというよりも、涼介ならそれを望むと思ったからだ。
僕の過失で彼を死なせてしまったのだとしても、きっと彼は僕を恨んだりしない。それよりも、一人で残されてしまう知紀の幸せを願うだろうから、隣で見守って行こうと思っていたのだ。
でも、その関係性は歪んでしまった。もうそんな風に戻れることはないんだろうと、今では諦めている。そうするしか無かったから、願うこともしないようにしている。
「随分気持ちのいいところだなあ」
切ない思い出とは釣り合わないような場所にいる気がして、ふとそう呟いた。さっき耳をやられてしまったからか聴力は害されたままで、僕はくぐもった音の中を漂っている。
そこはとてもふわふわと心地の良いところで、体が溶け出してしまいそうなほどに自然と緊張が緩んでいく。暗闇の中ではあるものの、僕はずっとここに止まっていたいと思い始めていた。
「ずっとここにいたいなあ。こんなに心地いいってことは、僕死んだのかなあ……」
そう考えてしまうくらいに、僕の人生は苦痛に満ちていた。生きていく上で感じるもののほとんどは、痛みと我慢ばかりだ。それがない場所が死だというのなら、それだって悪くはないのかも知れない。
だって、もしかしたらそれは僕にとって唯一の救いになるのかも知れない。一瞬の痛みを我慢すれば、その先には、こんな夢見心地な空間が待っているのだろうか。
パートナーのいないセンチネルにとっては、生きていく事そのものが苦痛の連続だ。
——その最大値を一度経験するだけでいいなら……。
そんなところに希望を見出すほどに、僕は疲れている。
これだけお酒を飲んで記憶を無くしていたとしても、目が覚めれば痛みや傷は体に残っている。それを抱えたまま、なんとか日々をやり過ごしたとしても、蓄積したものは完全に消せないから、ゾーンアウトへの危険性は次第に高まっていく。
それを考えては恐怖に飲まれそうになり、そこからの脱却にも神経が削がれるという悪循環を生きていくと考えてしまうと、どこにも希望は持てない。
僕はあの日、行き場のない感情を僕へぶつける事で知紀が楽になれるのならと、安易に彼の愚行を受け入れてしまった。それが大きな過ちだった。その先に続く地獄を予想でき無かった僕は、きっと大馬鹿野郎だったのだろう。
何度振り解こうとしても、自分の中で同じ問答を繰り返してしまう。もう、心はギリギリと引き絞られ過ぎて、バラバラに千切れてしまいそうになっていた。
「楽になれるのなら、死にたいよ」
思わず、そう呟いてしまった。
「そうか……、死にたくなるほど辛いんですね。まあそうですよね。こんな気持ちを抱えてたら、そりゃあそう思ってもしょうがない。よく耐えて来ましたね」
気がつくと目の前が明るくなりつつあった。暗闇の中にぼんやりと浮かぶ黄金色の光が見える。そのあたりから、低くて優しい声が聞こえてきた。
あの光は、この声の主は、僕の気持ちをわかってくれているのだろうか。これまで共感してもらえることなど無かったから、初めての感覚に胸がギュッと痛くなる。
それは、苦しいという感覚とは少し違う。息が詰まるほどの締め付けと、甘い心地が合わさった刺激で、同時にお腹の奥の方がなぜか切なくなっていく。それが肌の上で花が開くように、放射状に抜けていく。一度胸に溜まった後に、全身へと流れていった。
身体中を甘噛みされるような、心地いい痛みに包み込まれていく。
「ねえ、ユキさん。ユキさんって俺が触っても平気なんだよね? あなたのシールド、見たことが無いくらいにぐちゃぐちゃなんですよ。修復してもいい?」
優しい声はそう言うと、徐に僕の手を握りしめた。そこにほんの少しだけ力を込めていく。すると、そこから小さくて温かい光が、まるで水辺に浮かぶ蛍のように、ふわふわと浮かび上がった。
「え、何これ……」
ぼんやりと見えていた光景がガイディングであることに気がついて、微睡んでいた思考がすっきりと晴れていく。僕は、まだコウの腕の中にいた。
「あの、ちょ、ちょっと待って。僕、あの……」
ガイドと長く接触しているとどうなるか分からないという思いが、急激に僕の肝を冷やしていった。悪影響が起きる可能性を考えて急いで離れようとすると、コウはそれを制するように優しく僕を引き戻す。
「……大人しくしてろって言っただろ」
急に声色が変わる。話し方も違う。でも、変わらずに丸くて優しい音を出す声が、耳元でそう囁いた。
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