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第18話 僕を導く人3

「こら、ダメだよ。最後までするわけにはいかないんだから、煽んないで」  そうは言っても、解放された欲望をまた押し込めておくなんて事は不可能で、どうしてもコウを迎え入れたくて仕方が無かった。 『お願い、今だけで良いから』  掴んだシャツを破れそうなくらいの力で掴み、必死にそう訴える。彼の白いシャツにぱたりと音を立てて落ちた雫は、堰き止めていた感情をまた呼び戻してしまった。 「ごめんなさい、全部僕が悪いんだ」  涼介が死んだのも、知紀が狂ったのも、僕がそれを上手に解決出来ないのも、全部自分が悪いんだっていうことは分かっているつもりだ。そこに救いが無いのなら、全て諦めてしまえばいい。今までは本気でそう思っていた。 「だから、その罰を受け入れないといけないのは分かってる」  でも、少しでも希望の光が見えてしまったら、結局こんなふうにそれに縋り付きたくなってしまう。僕は弱い。それだけは間違いない。  ただ、長く苦しんできたものを無くしてくれる人が現れたとしたら、その人に頼りたくなっても仕方が無いでしょう? それは、そんなに悪い事なのだろうか。今だけでも楽になりたいと思っては……、僕がそう願ってはいけないのだろうか。  見えてしまった希望(もの)を無視出来るほどの強さを、僕は持ち合わせてない。知らないままなら良かったんだ。でも、知ってしまったからには、少しでもその罪の重さを軽くすることを願う弱さを、どうか許してほしい。 「分かってるけど……お願い」  涙は、僕の手とコウのシャツを繋いでいく。それからはもう何も言えなくなってしまって、僕はただ俯いて、悲しみが消えていくのを待っていた。  コウは僕の扱いに困ったようで、微かに顔を顰めて黙り込む。ほんの僅かに逡巡したようにも見えたけれど、彼が何を考えているのかは、(センチネル)には分からない。  ガイドはセンチネルの心を読む事が出来る。でも、その逆は無い。僕の方からガイドの気持ちを直接知ることは出来ない。ただこの鋭敏な五感を頼りに、何を思っているのかを推測する事しか出来ない。  今までそれをなんとも思った事はなかったけれど、今それがとても寂しい事なのだということを知った。いくら手を伸ばしても、僕にはコウの心を知る術がない。  どうして僕はセンチネルとして生まれて来たんだろう。その思いが僕を呑み込んでいく。ずっとこの力を役に立てようとして必死に生きて来た。その上で知った自分の至らなさも、真摯に受け止めて来たはずだ。  それなのに、少しの安らぎも求めてはいけないのなら、僕はずっと、ただ苦しむためだけに生きていくのだろうか。 「……そんなの、もう嫌だ」  止まるのを待とうと思っていた涙が、また勢いを増していく。それでも何も言ってくれないコウに、僕は諦めようとしてそのくしゃくしゃになったシャツから手を離した。 「困らせてごめん。帰るよ」  酔いも覚めてしまい、空も白み始めている。もう帰らないと、いつまでも帰って来ない僕を案じて、知紀が取り乱してしまうかも知れない。諦めて早く家に帰ろうと思うのに、体が動かなかった。  絶望感は静かに僕の気力を奪っていった。立ち上がる力も無く、ただ流れるままに任せていた涙は、気がつくと僕のワイシャツのかなりの部分を半透明に変えてしまっていた。  このままでは肌が透けてしまう。帰るならバッグに入れてある上着を羽織ろうと思い、手を伸ばした。 「わっ……!」  すると、なぜかコウが手を伸ばし、勢いよく僕の腕を掴んだ。あまりに突然の動きと力の強さに、それを予測していなかった僕は、触覚が振り切るほどに痛みを感じてしまう。 「痛っ! は、離して」  僕が手を引くと、コウはなぜか驚いた様子でこちらを見ていた。そして、僕の肌にぺったりと張り付いたシャツをじっと見ている。何がそんなに気になるのか、顔をとても近づけて見ていて、その体温が肌に伝わってくすぐったい。彼が顔を動かす度に空気が揺れ、胸の先端に刺激が伝わる。 「あっ……」  一瞬駆け抜けた快楽に、思わず体が震えた。

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