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第19話 僕を導く人4
コウはそんな僕の反応を見て、ずっと首を傾げている。しきりに胸元を眺めては、何かをぶつぶつと呟いていた。
「なあ、ユキ。あんたパートナーがいるはずだろう? いつも店に迎えに来てるやつがそうだよな? 恋人がいてケアもしてもらってるのに、どうしてこんなに調子が悪いんだ?」
怪訝そうな顔でコウは僕にそう訊ねる。けれど、すぐに何かを思い出したのか、
「いや、ユキはレベルの合うガイドはいないって言ってたな……」
そう言って頭を抱えた。
コウが言っているのは、きっと知紀のことだろう。プルシアンに僕を迎えに来るのは、彼だけだ。
でも、それと僕の胸になんの関係があるのだろうか。もしかして、ガイドというのはセンチネルの体を見るだけで、ケアの状態がどの程度うまくいっている等ということが分かってしまうのだろうか。
だとしたら、僕がどれほど隠そうとも、毎日苦しめられているということはガイドには分かってしまうのかも知れない。もしそうなのであれば、これからどうしたらいいのだろうか。僕が知紀としていることは、誰にも知られたくないのに。
——知られたくはない。でも……。
「あの、その人はパートナーでも恋人でもないよ。同居してる幼馴染なんだ。彼はミュートなんだけど、事情があって自分をガイドだと思い込んでしまってるんだよ。……あの、さ。隠してもきっとわかるんでしょう? 僕は……、彼からケアだと言われて抱かれてる。でも、ミュートだからね。彼が良かれと思ってしてることでも、僕にとってはただの暴力なんだよ。だから、されればされるほどにダメージが蓄積する。この数ヶ月間ずっとそれから回復し切れてなくて、だから調子が悪いままなんだ」
精神感応 をこれほどうまくコントロール出来るような、レベルの高いガイドだ。きっと何を隠そうとしても無駄なんだろう。そう思い、半ば諦めるような気持ちで僕はそれを口にした。
この問題が起きて、初めて人にこのことを話した。絶対に誰にも言わないと決めていたのに、こうも簡単に言ってのけられるものだったのかと驚いたのも束の間、すぐに自分のして来たことの情けなさに押しつぶされそうになり、息が詰まった。
知紀が僕を抱くことで死なずに済むのならと思い、文字通りこの身を捧げてきた。恋心があったとしても耐えられないほどの苦痛の中に身を置き続けて来た。その事実の重さに、改めて押しつぶされそうになる。
コウは僕の告白に、目を瞠っていた。よほど衝撃を受けたのか、その唇がぽかんと開かれたままになっている。ややあって、目を覚まそうとするように被りを振ると、呆れたように僕を見る。
「いや、あんた……。そんなに高レベルなのに、気が狂ったミュートに抱かれてるのか? 相手がそれをケアだと思い込んでるからって? 信じられないな。そんなのただの拷問だろ?」
彼はそう言うと、また少し押し黙り、それからぎりっと音を立てて歯噛みをする。そして、少し空いていた間を詰めるように近づいてくると、あっという間に僕を引き寄せ、力任せに抱きしめた。
「あっ」
触れ合う場所を見てみると、そこからゆるゆるとあの金色の泡が流れ込んで来て、僕の体を駆け巡り始めた。そして、それが引くと同時に、今度は何かが少し連れ出されていくような感覚が起きる。
——あれ、もしかして心を読まれてる……?
彼はしばらくそうしていたかと思うと、流れっぱなしになっている僕のものと同じように、大粒の涙を零し始めた。
「えっ、ちょっと……。コウ、大丈夫?」
はらはらと舞う水滴たちは、気がつくと僕のものと同じような速度で、大きさで、シンクロするように二人の間を滑り落ちていた。その雫がぽたりとこぼれ落ちるたびに、少しずつ僕の孤独感が薄れていく。
これまでそれが詰まっていた場所には、入れ替わるようにして、甘くて温かいものが満ちていく。それは、知識としては知っていても、実際には生まれて初めて感じる、完全なる共感だった。
眠っている時にもこうしてくれていたのは分かっている。でも、今彼は僕と全く同じ気持ちを味わおうとしてくれていた。僕の感覚のとても深いところまで探って引き寄せ、全く同じ痛みを感じようとしてくれている。
「あの……。ねえ、これって共感能力 でしょ? 僕の気持ちを拾って泣いてくれてるの? 僕と同じように感じてくれてるんだよね……」
そう尋ねると、コウはまた僕を抱きしめる腕に力を込めた。
「……ユキ」
掠れた声で僕の名前を呼びながら、ゆっくりと、でも確実に力を込めていき、その腕の中から逃がさないとばかりに閉じ込められた。その圧し潰すような甘い痛みは、僕の体の奥まで届き、深いところまでを喜びに震えさせていく。
「すごく、辛かったんだな」
大切なものを守るように抱きしめてくれるその温もりが、僕の中の防御能力をゼロにした。この人には全てを明け渡してもいい。そう思った瞬間に、胸の奥のほうで自分の核の部分を取り囲んで守っていた壁が、打ち破られて崩れ落ちていくのが分かった。
全ての感覚が剥き出しになっていく。
その全てをコウに明け渡すと、彼はそれを受け取り、お返しのように自分の大切なものを返してくれる。そして、僕が心地良くいられるようにと、また優しく導いて行ってくれた。
「あっ、あ、あ……」
これまで数ヶ月間押し殺してきた悲しみと絶望が、一欠片も残らないほどに全て吐き出されていく。頬を伝うものと体の中で暴れ回る負の感情が、僕の中から引き摺り出されて、全てがコウへと襲いかかった。
「……っ、すげーな。こんなの今まで一人で耐えてたのか」
僕の中の感覚が暴走するのを阻止するためにガイディングを施しながら、彼は彼自身でかけていたケア能力のストッパーを外す。
高レベルガイドの共感能力を全て解放したコウは、僕の痛みを全て引き受けてしまった。僕の心が軽くなると同時に、彼の涙の量が増す。辛そうに眉根を寄せながら、それでも僕に向けてとても優しい笑顔を見せてくれた。
「俺の能力を全て解放してでも、あんたをケアしてやる。悲しいのや苦しいのは、今は全部俺に渡すんだ」
大きな手のひらに支えられながら、優しさの権化になったような彼は僕にゆっくりと口付ける。柔らかく濡れた音を響かせながら繰り返されるそれに、僕は夢中になった。その頭の中に、彼の声が響く。
『その胸の青蓮華 を、俺が真っ白に変えてやるよ』
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