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第24話 薄桃色に咲く、白い花1

◇ 「それで、あのお綺麗な彼は、結局超低レベルセンチネルで確定したわけ?」  カウンターの向こうで、コウがグラスに氷を落としていく。カランという軽やかな音と共に照明の光が乱反射した。彼は滅多にカウンターに入らないのだけれど、今日はどうしても飲ませたいものがあるからと言って僕を呼び出しているため、僕だけのためにお酒を作ってくれている。  ただそこにいるだけで見惚れてしまうような彼が、僕だけのために何かをしてくれている。それを見ているだけで、胸が弾んだ。穏やかに微笑む横顔に、緩く編み込まれた髪が揺れる。今日はそれをさらにくるくるとまとめて留めてあり、なんとも言えない色香が漂っていた。  ママはテーブル席の団体予約客に捕まっていて、もうかなり長い時間話し込んでいた。そのテーブルには、僕の両親もいる。そして、その向かいには知紀と那月くんが座っていた。 「うん、そう。疑いを持って検査をしないとわからないほどの、超低レベルのセンチネルだった」  テーブル席のみんなを眺めながら、コウの問いに答える。彼は、グラスの中身を見せないようにしてカクテルを作っていた。 「そっか。じゃあ、センチネルだっていう事を、ずっと隠して生きてたってことだよね。辛かっただろうな」 「……うん。すごく辛かったと思う」  そう、きっとかなり辛かっただろうと思う。本当は誰かに全てを明かしてしまいたかっただろう。一人で抱えるには、あまりに重い問題だったはずだ。  せめて僕にだけでも言ってくれれば良かったのにと、何度か考えたりもしたけれど、彼がそれをしなかったのが何故なのかは、もう分かっている。だから、今更それを突いても仕方が無い。僕ももう、深くは考えないようにしようと思っている。  彼のバースがセンチネルであると確定したことで、僕は知紀から初めて謝罪を受けた。何度も詫びては涙を流す間、彼の隣には那月くん——涼介の弟である江木先生が、優しい顔で寄り添ってくれていた。 「いくら超低レベルだったとしても、ミュートよりは鋭敏な味覚と触覚を持ってるからね。少しでも不調に陥ると、回復はすごく大変だったと思う。この二週間集中的にケアを受けて、まるで高校生の頃の知紀に戻ったように元気になったんだ。この数年、彼が物静かなのは、大人になって落ち着いたんだと思ってたから、まさかずっと調子を悪くしていただけだったなんて、少しも思わなかったよ。ただね、少し後遺症が残ってしまったんだ。たまに心因性の動悸が起きるみたいなんだよ。でも、それ以外はあんな感じ。元気にしてるよ」  ママがついているテーブルでは、那月くんが職場の上司である僕の父に、知紀とパートナーになることを報告しているところだ。  彼は随分前に、知紀がセンチネルではないのかと、涼介に訊いたことがあったらしい。でも、涼介は完全なミュートだった。人の能力を感じる力などなく、知紀がそれを否定してしまえば、それ以上の詮索をすることは出来無かったのだそうだ。  それでも、那月くんは知紀がセンチネルであると確信を持っていたらしい。だから、いつかは本人を問いただし、きちんとケアを受けるように言わなくてはならないと思っていたそうだ。 「へえ。そりゃあすごい。確かあの先生もガイドとしては超低レベルなんだろ? それなのに、隠している能力に気が付けるなんて、ちょっと運命的だよな」 「そう! そうなんだよ。でね、僕らもそれが気になって、ちゃんと調べてみたんだ。その結果、なんと二人はパーフェクトマッチの運命のカップルだったんだよ。しかも、那月くんの方にはその自覚があったんだって。それこそ、涼介が初めて知紀との関係を教えてくれた日には、もう自分たちが特別な繋がりがあるって、なんとなく気がついてたんだってさ」  彼には、幼馴染で近所に住む知紀が、自分の運命の相手だと分かっていた。でも、知紀は本当に小さい頃から涼介の事が好きだったし、そのことは周囲も皆知っていた。  那月くんは、いくら運命の相手とはいえ、自分に見向きもしない人を無理に兄から奪う必要は無いと思っていたらしい。兄の恋路の邪魔にならないようにと考えて、なるべく彼らと顔を合わせないようにしていたそうだ。  そして、涼介が亡くなった時に、もうそれを口にすることは出来ないと思った彼は、一生黙っておこうと決めたそうだ。 「それっていつ頃?」 「うーん、多分十年前くらいかな。もしかしたら、もっと前なのかもしれない」 「そんなに前から分かってたのに、言わなかったんだ。まあ、ガイドは別に運命の相手とくっつかなくても、特に困ることは無いけど……」 「うん。そう思ってたみたい」  ガイドは、センチネルがいなくても生きていける。ガイディングをしなかったとしても、特に体に不調は現れないし、生きていく上で問題はない。  ただ、能力があると分かれば、国に申請はしないといけないから、それを機にケアを仕事にしながら、ミュートと結婚する人だっている。  那月くんは、運命の相手が自分の兄と好き合っていると知った日から、自分にはガイドとしての勤めを果たす日は来ないだろうと考えていた。兄に恋人をケアする能力が無かったとしても、知紀は抑制剤を飲みながら生きていくのだろうと思っていたからだ。  知紀がそれすらしていないと知ったのは、彼らが結婚してかららしい。それはつまり、数ヶ月前のことだ。  挨拶に来た知紀の様子を見て、愕然としたと言う。それでも、ケアをすると言い出す事は出来なかったそうだ。地獄のような日々を耐えている知紀の覚悟を思うと、何も言えなかったらしい。  でも、今はそのことを酷く悔いていると言われた。涼介が亡くなった後、知紀が僕にしてきた事を知ってしまった彼は、そのことで自分を激しく責めている。 「那月くんがね、自分がケアパートナーだけでもしますって知紀に言ってたら、僕が犠牲になることはなかったはずですよねって言うんだ」 「……ええ? あー、まあ、そうかも知れないけれど……。でも、言えないでしょ、それ。だって、ケアなんて、そんなつもりはなくても、深いものが急に必要になることって、絶対あるんだよ。兄弟の恋人にキスしないといけなくなったりとか、考えるだけで地獄じゃない? 好意があったとしても、兄弟と仲が良かったとしたら、それもそれで辛いと思うよ」 「うん。僕もそう思う」  あの二人の仲を引き裂くなんて、それは誰にも出来なかった。ずっと知紀に好意を持っていた僕がそう思うんだから、それは間違いない。  涼介と知紀の仲の良さは、近所でも有名だった。それでも、センチネルとガイドでなければ、同性同士での結婚の道のりというものは、かなり厳しいものになる。  それでも彼らは、二人で未来を生き抜くために、必死になって準備をしていた。その支え合う姿が素敵だと言って、特におばちゃん連中に人気があった。  そんなカップルの一人が亡くなってしまったのだ。直後に自分はあなたの運命の相手ですから、兄の代わりに僕がケアをしますよ、なんてことは言い出せなかったのだろう。その気持ちを考えると、僕だって那月くんを責める気にはなれない。 「だからあんなに那月先生の目は真っ赤なんだな。謝った彼に、ユキがなんか優しい言葉をかけてやったんだろう? あんたそういうところあるよね」  コウはそう言って眩しそうに目を細める。それを見ていると、胸がきゅっと甘く痛んだ。  屋内で仕事をしているはずなのに、その体はとても筋肉質で、いつもこんがりと小麦色に焼けている。そこに、後れ毛が一束揺れていた。そして、その腕に描かれているのは、相変わらずのムカデと白蛇。その二匹は、カクテルを作っている太い腕に、尊大な様子で収まっている。

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