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第24話 解ける糸1

◇ 「月本さーん、予約の方の分のリスト更新しましたぁ」 「ありがとうございます。確認しますね」  今日もまたいつもの朝のミーティングが始まった。石田さんから、今日の検査予定の周知がある。僕はこの予定を見て、自分の体調と相談しながら、能力使用のペース配分を決めていくようにしている。だから、この確認はとても重要だ。  あくまでも全体を見るということに変わりはないのだけれど、透視する深度、範囲、種類をある程度絞る必要が出てきた時に、目的が定められやすいようにしておかなければならない。 漫然と透視していては、僕が壊れてしまう。そうなっては本末転倒だ。絶対にそうならないようにしなければならない。これは、傷病診断士としての心得だと思っている。  僕が所属している傷病診断課は、センチネルの傷病診断士一名とガイドの検査技師一名、そしてバースに依らない医師が、三人一組でチームを編成し、検査と診断をする。 検査機器では辿り着けないような体の奥のほうにある病変を、僕がこの目で見つけ、そして、それをガイドに伝えるのだけれど、僕のチームではその担当にあたるのが石田さんだ。  彼女は患者さんをスキャンする僕の隣に立ち、僕と手を繋ぐ。そして、反対の手は隣室にある機械に出力するための端子を握っている。その機械へデータを出してくれるのだ。  センチネルは基本的に受容する能力が優れているものの、それに見合うだけの伝える力を持ち合わせていない。僕はむしろ、他のバースの人よりも劣るんじゃないかと思うくらいに、伝える力は弱い気がしている。  でも、画像が無ければ診断はできないので、センチネルの能力を共有することが出来て、それをコンバートして機械へアウトプットする事が出来るガイドという存在が必要になる。 つまり、僕らの場合は、石田さんが僕の見たものを共有し、それを機械へ送り出せるデータへと変えてくれているのだ。  彼女は日々僕の見たものを受け取ってくれているのだけれど、彼女に大きな負荷がかからないようにするために、僕の能力は常に抑えてある。 それでも大抵の疾患は見つけられるし、その後の精密検査で最新の機械を使えば、ほとんどの症例に対して問題なく検査は行える。  ただ、僕らが担当する検査は、時に緊急を要する事もあり、そういう患者さんは殆どが命の淵に立たされている。その場合には、僕も全能力を解放しなければならず、石田さんを巻き込むと彼女が倒れてしまうため、その時は僕は一人で調べに立つ。  そして、僕の頭の中に記憶したものを後から石田さんへ渡すようにしている。その録画作業を挟むだけで、ガイドへの負担が格段に減るからだ。  ただ、一度大量の情報を体に溜め込まなければならないため、僕にかかる負担は大きい。その後に訪れる不調は、言葉にするのも嫌なくらいだ。僕も患者さんと同じくらい、命の危機に晒される事になる。  そうなった場合は、さすがの僕もしばらく静養しなくてはならなくなる。その場合には仮眠室を借りて眠るため、知紀にはこのことはまだバレていない。その点では安眠出来る日という事になるのだけれど、その分体は瀕死の状態に近い。何もいい事はないのだ。  僕はこれまで、その状態になってしまったとしても、それを抑制剤と自分の精神力のみに頼り、どうにか耐えて来た。常にギリギリのラインを綱渡りで生きていて、本当に奇跡的に命を落とさずにいられた。相当な強運の持ち主なんだろうと思っている。  そういうわけで、仕事の時は僕の顔色は蒼白であるものだと思われていたらしい。毎日誰かしらに心配されている。それが月本雪弥なのだと言われていた。  そんな僕が、肌を桜色に染めた状態で出勤して来た初めての日には、予想通りに病院中が大騒ぎになってしまった。それはコウに初めて会った週末が明けて、初めて迎えた月曜日の朝のことだ。  出勤してきた僕の様子があまりに健康的であったため、むしろ逆に体調不良を心配されてしまったくらいだ。僕がその視線から逃げるようにして業務に取り掛かってからは、混乱したスタッフが大挙して父さんのところへ向かい、質問攻めにしたらしい。皆が僕に何があったのかを知ろうとして躍起になっていたそうだ。  そして、そんな大騒ぎからそろそろ一月が経つのだが、今でもその状態は続いている。 僕は相変わらず血色良く過ごせているし、周囲はそんな僕を見て、ずっとそわそわしているのだ。  さっさと話してしまえばいいのだろうけれど、僕は自分からそうする気にはなれず、ずっと触れないままでいた。  だって、どう考えたって恥ずかしい話だ。顔色が悪かったのは、仕事の疲れから回復しきれず、それを見咎めた幼馴染に抱かれていたからで、顔色が良くなったのは、ボンディングしたガイドに抱かれているからだ。それを職場で声高に話すなんて、僕にはどうしても出来そうにない。  それでも、石田さんには話さなければならないよなと思っていると、彼女の方から声をかけて来た。 「あの、月本さん」  検査室へと移動しながら、石田さんが僕の名を呼びつつ、急に顔を覗き込んできた。突然距離を詰められて驚いてしまい、僕は思わず後ずさる。 「は、はい? なんでしょう」 「あの、もう気になって仕方がないので聞いてもいいですか? 最近何だかとても顔色がいいですよね。それって……」 「えっ? あ、その事ですか。えーとですね。その……」  ミュート同士での会話だと、これはもしかしたらモラハラやともすればセクハラの類に当たるのかも知れない。職場で勤務中に私的なことを尋ねるのは、ルール違反にすらなり得るだろう。  でも、センチネルとガイドにとって、業務パートナーに関するそういった話は、とても重要な確認事項という扱いになっている。その性質上、センチネルのセックス事情は、全てに於いてパートナーであるガイドに報告義務があるのだ。  ガイドにとっては、業務パートナーであるセンチネルが、ケアのために相性のいい相手と出会えたなら、その関係性を維持してもらった方がいいだろう。そのために出来るアドバイスなどもあるということで、国もガイドがセンチネルの性事情を詮索することを認めている。  僕もそれは分かっている。分かってはいるのだけれども、僕にだって羞恥心というものはある。全てを知られるのはどうしても嫌なので、どこまでをあけすけに話せばいいのだろうかと、そこを決めかねているのだ。 「実はですね、僕……」 「あ、いえあの……。いいんですよ、別に。私に全てを話してもらわなくても、うん」 「え? そうなんですか?」 「ええ、全然構いませんからね」  石田さんはそう言ってにっこりと笑うと、僕の手をとった。 「理由なんてどうでもいいんです。ただ、月本さんはすごく真摯に働かれるのに、誰の助けも借りる事が出来なくて、ずっと辛そうでした。みんなあなたを助けたいのに、それが出来なくてとても悔しかったんです。だから、あなたの体と能力の状態が改善されたのなら、もうそれだけで良かったなって思います。もしそうなったのなら、スタッフ全員で祝杯をあげたいくらいの気分ですよ!」 一気にそう捲し立てると、目を潤ませながら「お幸せに」と言ってくれた。 「あ、ありがとう、ございま……す?」  返事をしながら、僕は困惑してしまった。  正直なところ、別に恋人が出来たわけではない。お幸せにという言葉には、どう返すべきなのだろうか。それが分からない。専属ガイドとボンディングするのと、恋人になるという事は少し訳が違う。コウはただ、僕のケアパートナーとしてボンディングしてくれただけなのだ。 それに、知紀のためにも、まだコウとのこの関係を公にするわけにはいかない。  ただ、僕はコウに好意を抱いてしまっている。だって、誰にも与えてもらえなかった安らぎをくれる人を、好きにならずにいられるわけがない。しかも、能力も体も相性が良くて、実は見た目も僕好みだったりする。  コウを思い出すだけで顔が熱くなってしまうくらいなので、日々の行動からして、僕が誰かに片思いをしているという事は、おそらく周囲にバレてはいるだろう。けれど、それを聞かれたとしても、肯定することも出来ない。ボンディングの事も、僕の想いも、まだ秘密にしておかなくてはならないのだ。 「——よーし」  僕の複雑な表情を見て何かを察してくれたのか、石田さんは話を切り替えようとしてくれるようだ。空気を変えるために、その両手を軽く打ち鳴らす。清潔な室内に乾いた音が鳴り響き、淀んだ空気から邪気が祓われたのか、清涼なものへと変わっていく感じがした。 「はい! では、月本さんにいいことがあったらしいとわかったので、とりあえずは良かったです! 私はずっとあなたを救ってやれない自分が嫌で仕方ありませんでした。あなたが幸せになってくれるのでしたら、それだけでとても嬉しいです! 俄然やる気が湧きました。張り切ってお仕事を始めましょう!」  石田さんの声が検査室に明るく響く。その姿を見ていると、僕もパッと気が晴れるような気がした。

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