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第11話
夕方になると、昼間席を空けていた係員達が次々戻ってくる。その時点で終業間際だったりするが、そこから報告書の作成などを始めるので大抵は残業だ。
赤穂もまた、日中は取調べ及び調書の作成に追われ、本日片付ける予定だった有象無象が手付かずのため、残業になった。
事件の捜査などというものは、綿密な計画を立てればその通りに進められて確実に成果を得られる、というような性質のものでもない。効率化と無縁の地道な聞き込みや裏付け捜査を行い、その合間に必要な書類の作成をするとなると、毎日定時に帰宅というのは到底不可能だ。
警察官とはそういうものだと思っているので、赤穂はあまりそれを苦にしたことはない。どちらかといえば、必要な残業を「するな」と言われる方がストレスである。
……もちろん、日々事件もなく、やることがないから定時で帰る、というのが一番だが……そんな日が来ることは未来永劫ないだろう。
諦めの境地で黙々とパソコンに向かっていると、十八時半を過ぎた頃に加賀が戻ってきた。
上司の帰りを待っていたらしい暴対係の係員達から報告を受ける様子は、係長ではなく『オヤジ』とか『カシラ』といった風格だ。
報告に来る部下がいなくなると、加賀は今度は赤穂の机の方へやってきた。
「お疲れ様です」
「おお、お疲れ。梅ヶ枝はもう帰ったか。あいつもいたらよかったんだが」
梅ヶ枝はつい先程「今日こそ日付が変わる前に寝てやる!」と宣言して帰っていった。
寝て、そして起きるまで彼の電話が鳴らないといいと赤穂も思う。
……大抵、その願いは聞き届けられないのだが。
「梅ヶ枝さんにもということは、もしかして、例の件で何か?」
加賀は「おう」と力強く頷く。
「今日は古巣にガサの応援に行ってたんだが、出掛けついでに知り合いのマルBに話を聞いてきた」
マルBとは暴力団員のことだ。ガサの応援というのは、暴力団関係者の自宅か組事務所の家宅捜索を行うために、頭数として呼び出されたのだろう。
加賀は既に帰宅した係員の机から椅子を引っ張ってきて、赤穂の机の近くに座った。
「ガキどものリンチだがな、どうやら成功例もあるらしい。暴行の後に拘束、金庫なんかの場所を言わされて、金を取られた奴が数人いるって話だ」
「そうなると、本職の指示役なんかがいそうに思えますが……」
取調べをした少年たちの様子を思い浮かべる。
主体性の薄い、強盗するほど遊ぶ金を欲していたとも思えない曖昧な供述。
彼らにそこまでのことをさせるためには、何かと具体的な指示が必要となりそうだ。
「その可能性は少し高まるが、そう目新しい手口でもねえ。成功例はたまたまで、プロの仕事じゃねえってのが知り合いの見解だ。俺もそう思う。……あるいは、成功したグループは、捕まったグループとは別件の可能性もあるが、……それはあんまり考えたくねえな」
赤穂は頷き、昼間梅ヶ枝と話していたことを説明した。
証拠と呼べるほどのものはまだないが、三人の事件への印象は大体一致している。
「シマ内でこんだけ派手にやってたら、とっくにマルBや半グレに目をつけられてるはずだ。だが、現実世界のそいつが誰なのか、今はまだ誰にも知られてねえ……」
失敗が多いため大金をせしめているわけでもなく、被害者も警察と関わりたくないと事件化に消極的な者ばかりだ。注目度が低いため、警察もヤクザもマスコミも本腰を入れて調べない。
それが全て黒幕の計算のうちだとしたら、素人にしてもなかなかに用心深い相手なのかもしれない。
加賀は立ち上がると、赤穂の手元を見ながら言った。
「赤穂、それ、終わりそうか?」
「……三十分くらいあれば、なんとか」
「んじゃ、その後特に予定がなければ、裏取りに付き合え」
裏取りは、裏付け捜査のことだ。
部下ではなく自分に声をかけるのだから、今話していたことと関係のある捜査だろう。
特に断る理由はなく、赤穂は頷き作業を加速させた。
「これまでの被害者に、最近若い奴に目をつけられるような場所に行ったかどうか確認したところ、何度か名前が上がったバーがある。そこで話を聞きたい」とのことで加賀に連れられてやってきたのは、職場から徒歩十五分ほどの、観光地としても有名な商店街近くにある二階建てのビルの地下にあるバーだった。
品の良い老紳士風のマスターと、重厚な木目調の内装はオーセンティックな雰囲気だが、数人いる客はカジュアルな装いの若者で、それほど格式張った店ではないようだ。
そう広くない店内には、カウンターと対面の席が二つ、壁際のカウンターテーブルにも三つほど椅子が並んでいる。
マスターは加賀の姿を見ると、嬉しそうに目元を緩めた。
「加賀さん、お久しぶりです。異動になったと伺っていましたが……」
「今日はプライベートだ」
加賀は、以前はこの辺りを担当する所轄署にいたため、マスターとも知り合いのようだ。
無断で管轄外の刑事が捜査をすることは、あまり歓迎されない。だからプライベートと言い張っているのだろうが、まあ白々しい。
どうやら察しているらしいマスターは、プライベートですねと穏やかに笑っている。
カウンターに座り、適当に飲み物を注文すると、会話をするふりで端末の画像を見せる。
マスターは飲み物を作りながらそれに目を通し、どの方もいらっしゃったことがありますと頷いた。
頻度や、連れがいたかなど詳しいことを聞こうとすると、ドアが開き、店に入ってきた若者がつかつかとカウンターに近づいてくる。
客と話していたことに気づかなかったのか、それともいつもそんなことは気にしないのか、その若者は不躾にマスターに話しかけた。
「マスター、最近アキラ来ました?」
聞こえた名前に、赤穂は端末を取り落としそうになった。
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