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第12話
赤穂は動揺してしまった自分に内心で舌打ちする。
あきら、なんてよくある名前だ。何を過敏に反応しているのか。
さりげなく、カウンターに寄りかかる人物を見た。二十代前半、くっきりした目鼻立ちの、目を引く容姿をした痩身の青年だ。強い香水の香りと、ハイブランドのものらしき派手なジャケットに、アキラと同じような夜の気配を感じる。
マスターが最近は姿を見ていないと答えると、落胆した様子の青年は、飲み物を受け取り壁際のカウンターテーブルの方に行った。
赤穂は動揺した己を誤魔化すように、グラスを手に取る。
「マスター、今の奴が言ってたアキラって、もしかして碧井アキラのことか?」
潜めた加賀の声が耳に届き、危うく口に含んだビールを噴き出すところだった。
どうしてここでその名前が、しかも同僚の口から出てくるのか。
むせないように、そして表情にも出さないようにしてなんとか飲み込む。
恐らく、何事もなく嚥下したように見えたはずだ。こんなときだけは、表情が分かりにくいと言われる面構えでよかったと思う。
「流石、ご存知でしたか」
「あいつここの常連なのか」
「以前はよくいらっしゃっていましたが、最近は時折、お一人で来て静かに一杯飲んでいかれる程度です」
「さっきのあいつも……」
「ええ、よくお見えになります」
質問を終えた加賀が、さっとこちらを見た。
一瞬、碧井アキラという名前に反応したところを見咎められたのかとひやりとしたが、次いでカウンターテーブルの方に向けられた視線の動きで、先ほどの青年に話を聞こうとしているのだと気付く。
こっそり安堵しつつ、赤穂は頷き返した。
立ち上がり、二人でカウンターテーブルの方へと移動する。
「すみません、少しお話をうかがっても?」
青年は何か動画を見ていたようだ。椅子の上で半身だけ振り返ると、用心深くこちらを見上げた。
「誰?」
「通りすがりの非番の刑事です。この店の常連の方のように見受けられたので、よければこちらの画像の人物を、この店で見たことがあるかどうか確認してもらえますか」
「非番なのに聞き込みしてんの? 大変っすね」
聞き込みでは迷惑そうな顔をされることの方が圧倒的に多いが、加賀の本気だか冗談だかよくわからない話しかけ方が功を奏したのか、警戒を緩めた青年は「暇だし、そんくらいいいっすよ」と快諾した。
加賀は早速、被害者の画像を見せ始める。
やりとりは加賀に任せ、赤穂は青年の態度を観察していた。
表情や、口にする言葉。それぞれの画像を確認する時間の長短など。
「ああ、この人」などと頷きながら画像を見ている青年は、最後までこれといって特別な反応は見せなかったが……。
「全員見たことあるよ。この人達、何かやったの? 未成年略取とか?」
随分と具体的な罪名が飛び出して、赤穂は傍目にはわからない程度に目を見張った。
加賀がゆっくり顔を傾けて、青年と目を合わせる。
「……こいつらがここに来ている時、そんなことをやらかしそうに見えたということか?」
「え? いやいや、単なる冗談ですよ。顔の綺麗な若い奴に声かけてるのを見たことあったんで、言ってみただけで」
刑事の鋭い眼光に射抜かれ、萎縮するかと思われた青年は、しかし軽く受け流して見せた。
加賀が「なるほど」と頷いて、赤穂を振り返る。他に聞くことはあるか、という意味の視線だ。
この青年が何故アキラを探していたのかを訊ねたい気持ちはあったが、質問の意図を聞かれても答えられない。赤穂は軽く首を振った。
会計を済ますと、店を出た。
個人経営の店明かりがまばらに並ぶ通りはそれほど人通りもなく、二人で駅に向かって歩き出す。
店から距離を取ると、加賀が低い声で言った。
「……あいつは、怪しいな」
「今回の件に関係あってもなくても、何かはありそうでしたね」
未成年略取云々のくだりは、やはり気になる。
しかし、赤穂にはそれよりも気になっていることがあった。
「加賀さん、先ほど彼が探していた、アキラというのは……」
「気になるか」
思わず、気になりません、と断言しそうになった。
気にはなっているが、それがアキラだからとかではない。断じて。
赤穂はなんとかもっともらしい理由を絞り出す。
「……怪しいと感じる人物が探していた対象が、暴対係の加賀さんが知っている人物だった、というのが、少し」
加賀はちらりとこちらを見ると、ああ、と納得したように頷く。
「お前はこっちに来たのわりと最近だったな。碧井アキラは、この辺では有名な悪ガキだ」
「喧嘩ですか」
「いや……、まあ喧嘩くらいはしてただろうが、あいつが捕まったことはない。補導歴すらない」
「それで有名な悪ガキとは、一体……」
「まず、そこそこ有名な女優の息子だ。青井春海って知ってるか」
「顔と名前くらいは。確か……もう亡くなっていませんでしたか」
「ああ、自殺だな」
芸能ニュースには疎いが、大きくニュースになったので覚えている。
十年以上前の話ではなかっただろうか。
そうすると、アキラはずいぶん早く母親を亡くしたのだ。
「父親は……?」
「父親は、公表されていない。某大物映画監督だとか、某有名プロデューサーだとか、噂はいろいろあったが。青井春海には弟がいて、そいつがアキラを引き取ったようだったが、その弟も大して面倒は見なかったらしい。それであいつは、ガキの頃から夜間にフラフラ外出してることが多かったんだろうな」
地域課の係員が声をかけようとしても、逃げ足が早くて捕まらない。夜が明けると交番に現れて「お疲れ様でーす」なんて冷やかして去っていく。加賀の話を聞いていると、そんな光景は容易に目に浮かんだ。
それにしても、母親の早逝、父親は不明、引き取った叔父はネグレクトとは、あの悩みのなさそうな様からは想像もつかないヘビーな過去だ。
あの日、もんじゃを頬張りながら、「こういうのはやっぱ一人で食べてもね〜」と笑っていた顔を思い出し、赤穂は少々落ち着かない気分になった。
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