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第13話
アキラについて話していた加賀が、ぴたりと足を止める。
「……やっぱ気になるよな」
それは一体どの部分を指した言葉なのか、赤穂はすぐに返答できず、加賀の表情を窺う。
「さっきのあのガキだよ」
「ああ……」
赤穂がアキラを気にしていると指摘されたわけではないとわかり、安堵して頷いた。
先ほどから心臓に悪い。加賀の言葉の意味がいちいち気になってしまうのは、全部アキラのせいだ。……と、八つ当たりじみた文句が胸をよぎる。
「(いや、アキラのことはもういい……)」
赤穂は意識して頭を切り替えた。
仮に、バーで出会った青年が何か後ろめたいことを行なっているのであれば、あの言動はわざとらしすぎるとも思える。
自分が疑われるような態度をわざわざ見せる必要はないはずだ。
しかし犯罪を行う人間の中には、自分の怪しさに全く気づいていない者や、わざと証拠を残し警察に追いかけられることをゲーム感覚で楽しむような者も、いるにはいる。
今の時点では、あまり考えすぎず、ひとまず怪しいということでいいかもしれない。
「やけに落ち着いた態度もですが、「未成年略取」には唐突な印象を受けました」
同じことを考えていたのだろう。加賀も頷く。
「行きつけの店の単なる顔見知りのことを警察に聞かれて、パッと思い浮かぶような単語じゃあねえな」
「……確か、被害者全員前科前歴はないんでしたね」
「クライアントにフロント企業が混じってるとか、ちょこっと法律が変われば税務署が喜んで飛んで行く脱税スレスレの節税程度のことは色々ありそうだったが、前科前歴のある奴は一人もいなかった」
怪しい人物の言葉を間に受けるわけにはいかないが、被害者たちが、密かに未成年相手の犯罪に手を染めているとしたら、今回の事件の見え方は変わってくる。
「加害者よりも、被害者を更に掘ってみるべきですかね」
「それより先に、発言の信憑性を確かめるために、あいつがどんな奴か、知り合いに聞いてみるか」
「先ほどのバーテンダーですか?」
「いや、今話してただろ。碧井アキラだよ」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「何だ、その間は」
「ああいや……加賀さん、連絡先を知ってるんですか?」
なんだか、風向きが怪しくなってきた。
加賀は端末を取り出すと、画面をタップする。
「連絡先は知らんが、勤務先は知ってる。今なら、まだ営業時間内だな。行ってみるか」
行ってみないです。
うっかりそう言いたくなる気持ちをグッと堪える。
確認するような調子ではあったが、先輩刑事が行くと言っているのに、行かないという選択肢はない。
赤穂も普段であれば、行きたくないなんて考えもしないだろう。
だがしかし、顔を合わせたらアキラが何を言うかわからない。
赤穂の葛藤も知らず、加賀は早速アキラの勤務先に連絡を入れているようだ。
断られて欲しい。
そう願ってみたが、現実は無常だった。
通話を終えた加賀が、サムズアップをする。
「今から行ってもいいってよ」
……もはや、行くしかなかった。
内心、断頭台に向かうような気持ちで、方向転換した加賀に続く。
「碧井アキラの勤務先というのは、何の店ですか?」
「会員制の高級クラブだ。バックは真っ黒だが、店側は、無関係、赤字だから金も流れてない、法令遵守でホワイトっつってる」
「バックが、真っ黒……」
「流石に、今回の件とそのバックは無関係であってほしいがな」
店までは、五分程度の距離だった。先ほどのバーともそれほど離れていない。
何の看板も出ていない、一見オフィスビルのような建物の中へと、加賀は迷うそぶりもなく入っていく。
一階の奥に、「OPEN」のプレートがかかったそれらしいドアがあり、入ると受付らしきカウンターがある。
廊下は明るかったが、店の中は薄暗く、全体を見渡すことはできない。
受付の近くにいた人物がすぐに加賀と赤穂に気付き、一礼した。
「加賀様、こんばんは」
ゆったりと歩いてきた青年(恐らく)の美しさに、赤穂は思わず息を呑む。
黒目がちな瞳は子犬のように甘く、絹のような長い髪は身動きするたびにさらりと涼しげに揺れ、微かに上品なフレグランスが香る。
男性としては柔らかなラインの身体を包む光沢のある長衣は、ベトナムの民族衣装アオザイだろうか。
目を細め、加賀に微笑みかけるその顔は美しすぎて現実味が乏しく、赤穂は一瞬自分がどこにいるのかよくわからなくなった。
「お久しぶりですね」
「ああ…………、どうも」
遠慮や物怖じという言葉とは無縁の加賀が、どうにも歯切れの悪い挨拶をする。
不審に思い隣の表情を窺うと、その耳が赤いように見えて、照明のせいかと思わず二度見した。
「お連れ様は、同じお仕事の……?」
「こっちは赤穂。同僚だ」
紹介を受けて、アオザイの青年はふわりと優雅に一礼する。
「初めまして、羽柴 ましろと申します」
「……赤穂です。営業時間中に申し訳ありません」
名乗り返しながら、軽く頭を下げる。謝罪に、羽柴はいいえと笑みを深くした。
「今日はお客様もいらっしゃらないみたいなので、ゆっくりしていかれてください。海河 は奥におりますので、ご案内いたしますね」
羽柴がその身を返すと、奥から二人ほど人が出てくる。
「お、加賀さん来たか」
「店長。悪いな急に」
「いや~今日は暇だったし、折角来たんだから、一杯やってってくださいよ」
「まあ、そうだな。一応勤務中じゃないから、少しなら」
「んじゃ、奥で血ゲロ吐くまで痛飲といきましょうか」
加賀と何となく噛み合わない話をしている男が、この店の店長、海河のようだ。
ダークスーツを纏い、目つきは鋭く、いかにも高級クラブの店長という雰囲気を纏っている。
こちらも羽柴と同じ長髪だが、後ろで一つに束ねていて、耳には派手なピアスが揺れていた。
「あ、店長。赤穂は初めてだから、ちょっと店の中見せてやってくれねえかな」
加賀の一言に、海河は頷いた。
「よし、アキラ、キュレーターとして刑事さんに店内をご案内して差し上げろ」
「ええ……、案内はともかく、キュレーターって。店のインテリアには変なお面とか変な浅浮彫くらいの認識しかないんですけど」
そう、もう一人。海河の後ろにいたのは、アキラだった。
海河にぶつぶつ文句を言っていたアキラは、身構える赤穂の前に出ると、くるりと表情を変える。
「初めまして、刑事さん。碧井アキラ、二十四歳です」
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