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第14話
初めましてという挨拶に面食らっていると、アキラははっと何かに気づいたように、敬礼を付け加えた。
そこじゃないとげんなりしつつ、一応「赤穂です」と調子を合わせる。
しかし、赤穂一人店内を案内してもらえとはどういうつもりだろう。
加賀を振り返ったが、既にその背中は店長の海河と共にドアの向こうに消えて行くところだった。
仕方がない。関係者のいないところで話を聞いておけということだろう、と勝手に推測する。
元々顔見知りらしい加賀が聞いた方がスムーズなのではと思わなくもないが、先入観のない赤穂の方がいいという判断だろうか。
先入観で言えば、プライベートで関わってしまった赤穂の方が余計なことを考えてしまいそうだ。
とはいえ、今更追いかけて全てを説明し、ポジションを変えてもらうわけにもいかなかった。
「ささ、どうぞ。店主自慢の混沌空間へ」
そんな赤穂の複雑な心境を知ってか知らずか、いつもの軽い調子のアキラに促され、しぶしぶ後をついていく。
店内の照明が控えめなこともあり受付からはよく見えなかったが、一歩フロアへ足を踏み出すと、混沌は言い過ぎにしても、奇抜な趣味の金持ちの邸宅か、はたまた街の片隅にある謎の民芸品店かといった空間が広がっていた。
シノワズリといったか、西洋の装飾にアジアンな調度品を置いた退廃的な雰囲気のある内装は悪くないのに、ところどころに置かれた謎の仮面や謎の置物が悪目立ちして、正直不気味さが先に立つ。
この店の客は本当にこんな場所でくつろげているのだろうか。
アキラはいくつかある接客用のブースの中で、入り口から一番奥の席まで行くと、赤穂にソファを勧めた。
並んで座るなり、アキラは悪戯っぽく笑いかけてくる。
「応接室は防音だし、ここなら距離もあるから内容が聞こえることもないでしょ」
「……「初めまして」、か」
「尊斗さんは、その方が都合が良いかと思って」
どうやら、加賀の手前気を遣ってくれたようだ。この青年は、相変わらずそうした配慮にはとても聡い。
現在調べている一件にアキラが関わっている可能性がないと言いきれない以上、顔見知りであったことをわざわざ加賀に話したくはなかった。
だから気遣いに礼を言うべきかもしれないが、それをこちらの弱味にするのもあまり良くない。
赤穂は話題を変えることにした。
「ここは、会員制の高級クラブと聞いていたが……」
改めて店内と、そしてアキラの服装を見る。
羽柴のアオザイがこの店の制服かと思いきや、アキラは打って変わって、ボタンのたくさんついた厚手のダブルブレストのジャケットに、揃いのハーフパンツの膝から下はタイツという、ヨーロッパのどこかの国の民族衣装のようなものを着ている。
並の日本人が着てもコスプレにしかならない衣装だが、スタイルも容姿も特上のアキラが着ると、アイドルのステージ衣装のようだ。
赤穂が何を言いたいのかわかったのだろう。アキラはテーブルに突っ伏すと大仰にため息をついた。
「店内も衣装も、全部店長の趣味。民族史っていうの? あの人全世界の神話とか奇祭とか民族衣装とか民芸品のマニアで。店内はこの通りだし、制服は世界の民族衣装なんですよ」
「海河さんの趣味の店ということか」
「本店……あ、うちは姉妹店で、東京の方に本店があるんですけど、そっちはフットマンとかギャルソンみたいな普通の制服なんだから、趣味は内装だけにして、制服は合わせればよかったのに」
どうやら制服については積もる文句があるようだが、まあ似合っているし(どうでも)いいのでは? とこっそり思っていると、ドアの開く音がして、足音が聞こえてくる。
目を向ければ、飲み物の乗ったトレーを持った羽柴だった。
「よろしければ、お飲み物をどうぞ」
店長の指示だろうか。羽柴は優雅な仕草でテーブルにティーカップを並べる。
礼を言うと、柔らかい微笑みが返ってきた。
「ありがとうハク。っていうか、なんでハクがお茶くみを?」
「店長が、今日は店じまいにするからと言って、他のスタッフにはもう帰ってもらったので……」
「店長いつもながらフリーダムすぎるでしょ。……まあいいけど。ハクももう帰るの?」
「私は、お茶を出した後の指示は特にもらってませんが、どちらにしても迎えがくるまでは店にいます」
羽柴の言葉に、アキラは何やら企んでいる顔になった。
「んじゃ、店長と一緒に、加賀さんの近況でも聞いたらいいんじゃないかな」
「そうですね。迎えがくるまで、そうしようと思います」
羽柴が戻っていったのを確認すると、アキラはくくっと含み笑いを漏らす。
「ハクと対話してる時の加賀さん面白いから、あっち側の様子こっそり見たかったなー」
どうやら、先ほど羽柴と対面した時の加賀のらしくない態度は見間違いではなかったようだ。
けしかけるような真似をして、悪趣味な……と思いつつも、赤穂も少しだけ見たいと思ってしまった。……口には出さないが。
代わりに別のことを聞く。
「ハク、というのは?」
「あ、今の羽柴ましろの源氏名。店ではお互いに源氏名で呼び合ってるので。ちなみに俺はミドリですよ」
ま「しろ」だから「ハク」、「碧」井だから「ミドリ」だろうか。粋なのか単純なのか……。
「ハク、綺麗でびっくりしたでしょ」
「そうだな」
「あれで中身も見た目と同じくらい綺麗なんだから、最強ですよねー」
アキラは嬉しそうに、そして眩しそうに目を細める。
「俺の自慢の親友です」
どうにも信用ならない言動の多い男だが、この言葉は本心だと、そう感じた。
幸福だったとは思えない少年時代を過ごしたアキラにも、心から親友と呼べる相手がいる。
しかしどうして、その横顔に孤独感のような、寂しさとも呼べるような感情が浮かんでいるのだろうか。
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