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第16話
「前端岳のこと、調べましょうか?」
この店の背後に広がる闇深さを見せつけられ暗澹たる気持ちになっていると、アキラは名案を思いついたような顔で、思わぬ提案をしてきた。
「何?」
「俺は奴のことはよく知らないけど、友達によく知ってる奴がいるかもしれないし、どんなことが知りたいか教えてもらえれば、ばっちり嗅ぎまわってきますよ。あっほら、警察とかマトリって、エスとかいう情報源を持ってたり持ってなかったりするとか聞いた覚えが!」
特定の情報源の有無は課や係によっても変わってくるだろうが、犯人とより近い立場や場所にいる人間の情報は捜査に不可欠だ。
薄ぼんやりとした知識による申し出そのものは、善意であることを前提とするのであればありがたいが、現時点ではアキラが前端と友人や協力関係ではないという保証はない。
特定の情報源を作るには、それなりに月日をかけて相手を観察した上で信頼関係を築かないと、逆に警察側の情報や動きが漏れてしまう可能性がある。
リスク承知で情報源を作る場合もあるが、アキラの場合は前端との関係の他にも、勤務先のバックが真っ黒ということで、そう簡単に関係を作るわけにはいかない。
「現状では、今聞いた話だけで十分だ」
「えぇ……。尊斗さんのお望みとあらば、奴のブラウザの閲覧履歴からクレカの番号まで全部調べて献上しますのに……」
「通報されてくれ」
何故、この男はいちいち発言が不穏なのか。
「あっ……、逮捕されたら尊斗さんが取調べしてくれます!?」
取調べに何を期待しているのか、アキラはキラキラした瞳でこちらを見ている。
赤穂はうんざりと溜息を吐き、「その時は、一番厳しい取調べをする刑事を呼んできてやる」と言ってやった。
ええ〜と不満げに唇を尖らせたアキラだったが、しばし何やら思案すると、何故か突然距離を詰めてくる。
クラブの接客用のソファなので、何となく促されるまま横並びに座っていた。
今更だが、机越しではないことに、少々心許なさを覚える。
詰められた分、改めて距離をとりたかったが、こちらが後退するのはなんだか癪だ。
動揺を隠していささか乱暴に「なんだ」と問うと、思ったよりも近くにあった瞳と唇が、それぞれ逆方向に弧を描いた。
「しぶしぶ引き下がりますけど、尊斗さんの頼みならなんでも聞くから、いつでも頼ってください」
「…………、」
綺麗な顔を至近距離で見るのは、心臓に悪いものだと思った。
接客でもしているつもりなのか。こんな調子だから信用できないのだ。
近い、と文句を言うと、アキラは素直に身を引いた。
「なんでも聞くというなら、まず、いつものその軽口を改めるように」
「軽いつもりはないんですけどねー」
微妙な空気に居心地が悪くなってきたところで、奥に続くドアが開き、加賀たちが出てくる。
「加賀さん、もう一本くらいいけるだろ」
「悪いな、明日も仕事がある。……赤穂、そろそろ行くか」
助かったという気持ちで、さりげなく立ち上がりながら、頷いた。
店長とアキラと別れ、店の入り口へと誘導した羽柴が、たおやかに微笑んで一礼する。
「加賀様、赤穂様、どうぞまたいらしてくださいね」
「……どうも」
赤穂は軽く頭を下げたが、加賀は、ああとかうんとかはっきりしない声で頷いたのみだった。
ビルから出ると、ほっとしている自分に気付く。
高級クラブだけあってソファの座り心地は非常に良かったが、あの状況で寛げるほど豪胆ではない。
店主と酒盛りを始める加賀はすごいと感じる反面、やはり羽柴に対する態度が気になった。
「加賀さん、羽柴さんは」
「それ以上言ったら明日は朝から道場で千本組手に付き合わせるからな」
「………………」
千本組手なんて、加賀にとっても試練なのではと思いつつも、それ以上追求するのはやめておく。
名前を出しただけで何を聞かれるか察するということは、加賀自身にも、挙動不審な自覚があるようだ。
時計を確認すれば、深夜と言って差し支えない時間になりつつあり、流石に今日はもう帰ろうということになった。
「で? そっちは、なんか成果あったか」
「前端のことは、行きつけの店で見かけるから顔は知っているが、特に知り合いというほどの間柄でもないとのことです」
「じゃあ、前端はなんであいつを探してたんだ」
「そこが噛み合わないのが気になったので、一旦、探されていたことに関しては聞いていません」
「そうだな……。一応店長にも探りを入れてみたが、前端のこと含め今回の件に関する情報はゼロだ」
素人が起こした事件というのが共通の見解なので、明らかに玄人である店主から情報が得られないのは想定内だろう。
そこで端末が鳴動し、反射的に赤穂は着信内容を確認する。
アキラからのメッセージの着信通知だ。開いたトーク画面にはバーらしきページへのリンクが並んでいる。
「……碧井アキラが前端を見かけたことがあるバーのアドレスを送ってきました」
画面を見せると、加賀は怪訝そうに眉を寄せた。
「あいつ、随分協力的だな」
「…………。そうですね」
店を出てから十分も経っておらず、警察からの頼みで渋々……というようなレスポンスの速度ではない。
『尊斗さんの頼みならなんでも聞くから、いつでも頼ってください』
背景に花でも飛んでいそうな笑顔を思い出して、赤穂は非常に気まずい思いがした。
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