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第18話

 夜空を彩る美しい幾何学模様。ゴンドラのゆったりとした動きに合わせ、刻一刻と形を変えるイルミネーション。  そして、そんなキラキラ光る観覧車も霞むような、容姿端麗な青年が夜の遊園地を背にこちらに微笑みかけている。  多くの女性が一度くらいは憧れるシチュエーションではないだろうか。 「さっ、早く乗りましょう」 「おい……、本当に乗るのか?」 「チケット買ったのに乗らないとかあります?」  それはお前が勝手に買ったんだ。  そんな文句が喉元まで出かかったが、この場所を指定された時点で、この事態を想定できなかった自分にも非はあるかもしれない。  しかし残念ながら、赤穂にとって『美男子と遊園地デートへの憧れ』というのは存在しない概念だったため、夜空に輝く観覧車も、待ち合わせの目印以外のものではなかったのだ。  先日、アキラから前端に関する情報を提供したいという連絡を受けた時、赤穂は少しだけ躊躇した。  アキラと会うと、理解できない言動に振り回されてばかりだ。  情報を得るつもりが逆に流していた、なんてことになってしまいそうで、会うのはどうしても警戒してしまう。  とはいえ、職務上断るという選択肢はない。赤穂は聞かせて欲しいと返答した。 『やったー。じゃ、エアキャビンでも乗りますか!?』 「なぜ」  エアキャビンは都市観光用のロープウェイである。  近場の観光施設ではあるが、今それが出てくる意味がわからない。 『マル秘情報なので、人に聞かれない方がいいかと思って』 「確かに、積極的に聞かせたい話ではないが、そこまで隔離された空間である必要はないだろう」 『密室だが隔離されすぎていないというと、お隣とは壁一枚、ドアの小窓から様子も覗けるカラオケボックスとかですか!?』 「密室の発想から離れろ」  赤穂は、己の返答を大いに後悔した。 「普通に外で会えばいいと思うが……」  屋外で捜査情報を話すときは、人気がなく見通しのいい場所が比較的安全だと思っている。  この辺りに、そんな場所はいくらでもあるはずだ。 『そしたら、情報料として、場所指定の権利をいただきます』 「場所指定……?」  そもそも有益な情報かどうかもわからないのに、情報料というのもどうなのか。  ……と思ったものの、善意(そう思いたい)の協力者をあまり邪険にするのも気が引けて、そしてこのやりとりを続けるのも面倒くさくなって、つい了承してしまったのだった。  そして今、全方位から痛いほどの「どういう二人組なのか」という視線を感じながら、ご機嫌なアキラと二人、観覧車のゴンドラに乗り込んだというわけだ。  観光地としても有名なベイエリアの夜景を一望できるのは素晴らしい。  上空からの眺めはさぞ美しいだろう。  もちろん、それを楽しめるシチュエーションであれば、だが。 「……早速話を聞かせてくれ」  確かこの観覧車の一周は十五分程度だ。乗っているうちに話を済ませてしまいたい。  ドアが閉まるなり話を急かすと、アキラも特に無駄口を叩くことはなく、素直に話し始めた。 「や、それが中々キナ臭くってですね」 「キナ臭い?」 「前端の奴、最近は前ほど頻繁にバーに来てないそうです。で、知り合いが他にいい店でも見つけたのかって聞いたら、なんでも新しい楽しみを見つけたとか言ってたって証言が一つ。また別の店では、前端があまり奴の好みじゃない未成年と一緒にいるのを見たって証言もありました」 「好みの顔の人間以外と話をすることもあると思うが……」 「いや~、まあ、そういうこともあるかもしれないですけど、あいつに限っては珍しい気もしますね」  そんなものだろうか。どうにも、赤穂には理解できない。  そして、アキラの「あいつ」という親しげな呼び方が少々気になった。 「尊斗さんたちがうちに情報収集に来たってことは、なんかの事件の関係者ってことなんですよね? 現状、証言以外に証拠はないんですけど、総括するとちょっと怪しいなって。未成年相手だと、闇バイトとか最近のトレンドだし」 「ファッションの流行みたいな言い方はやめろ」  前端はまだ若いので、娯楽の対象が変わることなどいくらもあるだろう。  赤穂や加賀の印象含めて、どれもこれも証拠というほどのものではない。  しかし、こうしていくつも「怪しい」が出てくると、無視できなくなってくる。 「その、前端が未成年と一緒にいたところを見た人に話を聞けるだろうか」  アキラは「う~ん」と難しそうに唸った。 「ちょっと、聞いてみますね。尊斗さん相手にうまいこと喋ってくれるかわかんないですけど。前端の元恋人なんで」  警察官相手に、前端の情報を流してくれるか、わからないということか。  そこは、プロとしてうまいことやるしかないだろう。  ……それにしても。  抱いた違和感が拭いきれなくなり、赤穂は聞いた。 「前端とは、本当に知り合いじゃないのか?」 「少なくとも俺は知り合いとは思ってないです」 「………………」  その言い方だと、前回聞いた「顔を知ってるだけ」という間柄とは、随分と印象が変わってくる。 「そのわりには、彼のことをよく知っているようだが」 「まあ、話はしなくても同じ空間にいると、いろいろ情報も入ってくるし、前端の方も俺の噂とかはいっぱい知ってると思いますよ」  重ねて追求しようとしたところで、地上が近付いてきたことに気付いた。  スタッフの頭が見える。ドアが開けば、また視線の集中砲火を浴びることになるだろう。  赤穂は一つ息を吐き出すと、話を打ち切った。  地上に降り立ったが、観覧車に乗ったという実感がまったくない。  今後乗る機会があるとも思えず、赤穂は一瞬くらい夜景に目をやってもよかったかもしれない、とほんの少しだけ後悔した。

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