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第19話
「じゃ、前端の知り合いに繋ぎがついたらまた連絡しますね」
観覧車をバックに、アキラはジャケットの、恐らく連絡手段となる端末の入っているあたりをぽんと叩いた。
その足は施設の出入り口の方へと向かっていて、「他のアトラクションも一緒に!」などと言い出さなくてよかったと思いながら、赤穂は頷く。
「また別途で情報料が必要なのか」
軽口を叩くと、アキラは少し悪そうな顔になった。
「俺に借りを作ったままよりも、その場で清算しちゃった方が尊斗さんも都合が良くないですか?」
「………………」
確かにその通りだが、場所の指定権などと言われると、健全な取引なのかどうか不安になってくる。
つい考え込んだら、真面目すぎる、と笑われた。
「冗談です。情報料は、まあ単なる自分へのご褒美的なことで、直接会って話した方がいいのは職場から支給されたスマホしか使ってない俺の都合でした。うちは文字でも音声でも検閲入りますからね。お互いのために万全を期して」
「検閲」
「あ、仲間に不利益になる情報を外部に流したりしない限り、粛清されることはないので大丈夫ですよ」
「粛清? おい、本当に大丈夫なのか」
どんな情報を流すことが仲間への不利益となるのかは、やりとりを精査する者が決めることに違いない。
アキラは困った言動の多い相手だが、自分に情報を流したせいで粛清されたのではさすがに寝覚めが悪い。
いや、そもそも言論統制のようなことをして粛清まで行われているのだとしたら、寝覚めとかそういう問題ですらないのだが。
表情を曇らせた赤穂に、アキラは「いやいや」と首を振った。
「加賀さんも普通に店に来て、店長から情報収集してるでしょ? 基本的には安心安全ですから」
加賀が店長の海河からどういった情報を得ているのかはわからないが、二人の親しそうな様子を見れば、信頼のおける情報源であることは容易に想像できる。
海河が警察の知りたい情報を流していても無事でいるのだから、そう心配することもない、のだろうか。
面倒になり、赤穂は深く考えるのはやめることにした。
「プライベートな通信に検閲が入るような職場に不満はないのか?」
「ないですね。職場も仲間も気に入ってるし、ボスのことは尊敬してるので、一生ついていくつもりです。尊斗さんも、憧れの警察官とかいるんじゃないですか?」
「憧れか……」
考えるそぶりをしたが、記憶を辿るまでもなく、思い当たるような人物はいない。
そもそも赤穂は、犯罪者から無辜の民を守りたいとかいうような、高潔な理想をもって警察官を目指したわけではなかった。
その動機は、小さな頃から人相の悪さで損をすることが多かったので「いっそ取り締まる側になってしまえば、身の潔白が示しやすいのでは」という情けなくも不純なものだ。
もちろん、これまでに優秀な警察官との出会いはいくつもあった。
しかし、この人のために、と忠誠心を抱くようなことはなかったと思う。
「ボスというのは、店の経営者のことだな」
「やっぱり気になります?」
「まあ……、そうだな。仕事柄」
「警察から見てどうかはわからないけど、ボスは俺たちにとっては英雄みたいな人です」
「ヤクザの幹部が、英雄か」
独立心の強そうなアキラがそんな言い方をするのが少し意外だ。
いつもの癖か、取調べで相手の気持ちに波風を立てて証言を引き出そうとする時のような言い方をしてしまったが、アキラが乗ってくることはなかった。
「暴力団を正当化するつもりはないけど、自分の力ではどうにもできないような事情で、日の当たる場所では生きられない人たちもいるでしょ。そういう人たちを救い出して、息のできる場所に連れて行く。うちのボスはそういうことをさらっとやっちゃう人なんです。俺も」
「……俺も?」
「あー、俺はそんなに深刻な事情とかないから、ただ単に居心地のよさとかであの店にいるだけですけどね。そのうえで、ボスの力に少しでもなりたいなって、まあそういう」
深刻な事情ならあっただろう。
そんな言葉が喉元まで出かかったが、本人から聞いた情報ではないので、思いとどまった。
赤穂は思わず、隣のアキラの表情を窺う。
穏やかな笑顔。その目に浮かぶのは、乾いた諦観だった。
唐突に、彼の普段の言動に感じる軽薄さが、諦めから来る軽さなのだということを悟る。
相手に何も期待をしていないから、平気で突飛なことも言えるし、人の家にカセットコンロを持ち込んで鍋を始めたりするのだ。
加賀から聞いたアキラの幼少期は、とても幸福と呼べるものではなかった。
勤務先のオーナーを英雄視するのは、「自分の力ではどうにもできないような事情」から解放してくれたからなのでは、と推察できる。
ではどうして、「俺もボスに救われた」ではなかったのか。
「(救われたのではなく、諦めたのではないのか?)」
何か、重たくてざらついたものを、うっかり飲み込んでしまったような心地がする。
その時感じたもやもやとした気持ちを、赤穂は上手く言葉にすることが出来なかった。
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