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第20話

 休日の昼下がり、赤穂は割り箸を片手に考え込んでいた。  アキラは間接的とはいえ日本最大の暴力団、黒神会と繋がりがあり、繁華街にたむろする若者や、界隈の飲食店にも顔がきくという、警察関係者でなくとも不審に思うような、明らかに怪しい人物だ。  その怪しさを隠そうともせず、警察官の赤穂に好意を寄せているような謎の言動を繰り返し、実際頼んだ以上の情報提供をしてくれたりする。  正直、何を考えているのかまったくわからない。  その内心はこれまで得た情報から推察するしかないが、碧井アキラという男は、己の未来へ特に期待をしていないから、立場に縛られず自分の気の向くままに行動できるのではないだろうか。  赤穂本人への言動については、恐らく冗談のようなものだろうが、協力してくれることに関しては、少なくとも社会の全てを憎んでいるようなタイプには見えないので、いち市民として善意からの情報提供だと思いたい。  結論、どれほど怪しくとも、未成年を使って暴行事件を起こすような人物ではないと、そんな風に考え始めていたところだったのだが……。 「……お父さん、聞いてる?」  娘の綾の声と共に、店内の喧騒が戻ってくる。  赤穂は、眼前のきゅっと眉を寄せた綾の顔と、眼下のせいろを見比べて、力なく首を振った。 「すまない、ちょっと考え事をしていて」  不覚だ。娘と一緒にいる時に考え込むようなことではなかった。  朝、綾から「お母さん仕事で出かけちゃうから、お父さんのところに行ってもいい?」と連絡があり、現在は二人で昼食をとっているところだ。  赤穂の方も事件が起これば臨場しなくてはならないが、ありがたいことに今のところ職場からの連絡はない。  昼食がまだだというので何か食べたいものがあるか聞いたところ、蕎麦というリクエストだったので、蕎麦屋に入った。小学生にしては渋いチョイスである。  警察官は時間に追われていることが多く、大抵早食いになる。蕎麦など殊更にさっさと食べ終わってしまって、手持ち無沙汰になったところで考え事を始めてしまったのだ。  それというのも、綾と合流する前に前端の元恋人から聞いた話が気になっていた。  繋ぎをつけると言ったアキラからの連絡は早く、観覧車で話した翌日には住所と電話番号が送られてきた。  そんなに簡単に個人情報を入手できるのかと若干不穏なものを感じたものの、一旦ありがたいと思っておくことにする。  今朝、近くまで来ているので会えないかと電話をかけると、相手は眠そうな声だったが、「まあ、話しするって約束しちゃったから仕方ないか」と渋々応じてくれた。  前端の元恋人(アキラからの情報にはリツキとだけ記載されていた)とは、彼が住んでいるマンションの近くのカフェで話をすることになった。 「こんな早くに、しかもわざわざうちまで来なくても。電話でよくない?」 「……すみません。直接お話を聞きたかったので」  非常識なほど早い時間とは思わなかったが、不躾に押しかけている自覚があるので、素直に頭を下げる。  アキラからのメッセージに、午後になると出かけてしまってつかまらないかも、とあったので、申し訳ないがこうせざるを得なかったのだ。  対面に座る迷惑そうな顔をした青年は、部屋着にコートを羽織っただけのいかにも寝起きといった風情だが、それでも整った顔立ちだというのはよくわかった。  店に現れた時は、一瞬、アキラに雰囲気が似ているように思ったが、話し始めるとそんな印象も薄れていく。  綺麗な顔が同じに見えてくるというのは、年を取るとアイドルの顔の区別がつかなくなると言われる、あの現象だろうか。  一般人なら区別がつかくとも問題ないだろうが、警察官としてはそれでは困る。  一人心許ない気持ちになっていると、リツキはオーダーしたコーヒーに砂糖とミルクを投入しつつ、面倒そうに口を開いた。 「ガクのことだっけ? わざわざ来てもらって悪いけど、アキラに話した以上のことは知らないよ」 「同じ話でいいので、もう一度、話していただけますか」    本人も言った通り、前端が好みでない未成年者と一緒にいた、というアキラの話以上の情報はなかった。  加害者の少年たちの写真を見せたが、その中には見かけた人物はいないという。 「……前端さんが、好みではない相手と一緒にいるのは、珍しいことですか?」  赤穂にはどうにもそのあたりが理解できなかったが、リツキは当然のように大きく頷く。 「あいつ、綺麗なものしか目の前に置いときたくない奴だからさ。適当にあしらうくらいのことはあっても、一緒に行動するってのはまずなかったよね」  話を聞きながらずっとリツキ表情の変化を観察していた。  前端をかばっているような様子は見られない。  早々に聞くことがなくなり、最後に念の為確認しておこうと、被害者の写真も見せてみた。 「うーん、数年前にこんな人を見かけたような気もするけど。絶対この人って確信は……あれ、でも、待って、この人とこの人……、」 「何か?」  リツキははっとして写真から顔を上げる。 「あー、や、ガクとは関係のないことだから、気にしないで」 「関係ないと思われるような、些細なことでも結構ですので」 「ん〜……」  明らかに、何かを思い出したような反応だった。  しばらく悩んでいたリツキは、しかし結局首を横に振った。 「いや、言わない。アキラの方がよく知ってるだろうから、アキラに聞いてみたら?」 「アキラに……?」  被害者について、アキラの方がよく知っているとは一体どういうことなのか。  リツキからそれ以上の情報を得ることはできず、彼と別れた後もずっとそのことが頭から離れない。  そういえば、自分はどうして、前端と行動範囲が重なっているアキラにも、被害者の顔を確認させなかったのだろう。  ……そして、これから確認すればいいだけのことなのに、どうして、こんなに気が進まないのだろう。 「だからね、この後なんだけど」    娘の声で、現実に引き戻される。  またしても話を聞いていなかったことを反省しつつ、慌てて話を合わせた。 「ああ……。どこか、行きたい場所でもあるのか?」  綾はそれには答えず、赤穂の背後に向けて笑顔で手を振る。 「あ、アキラこっちこっち!」 「……何?」    どうしてここでその名前が?  脳がぶれるほどの勢いで振り向くと、今まさに赤穂の頭を悩ませているアキラが、笑顔でこちらへ歩いてくるところだった。

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