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第21話

 想定外の事態に赤穂が反応できずにいると、綾がさっさと隣の椅子をすすめる。 「綾ちゃんありがと。あ、天せいろお願いします」  水を持ってきた女性店員が、丁寧な笑顔を向けられて頬を染めた。  自分の顔が他人からどう見えているかを知り尽くした笑顔だ。  ルッキズムなどという言葉が虚しいほどの現実に、少しだけ釈然としない気持ちになる。 「……何かとお忙しいんじゃないか。断ってくれてよかったんだぞ」  言外に(どうして断らなかった)と責めても、アキラは恐らく正しくそれを認識したうえで、へらりと受け流した。 「いや~昼間は暇なんで大丈夫ですよ」  横から綾が「ちょっとお父さん」と口を挟む。 「ちゃんと予定聞いてから誘ってるってば。アキラが私の話し相手になってくれたら、お父さんは考え事に没頭できるんだから、来てくれてありがとうっていうところでしょ」  アキラがここにいるのは、全部上の空だった自分のせいか。  因果応報という言葉が重くのしかかる。 「それに、地元に住んでるアキラの方がこの辺に詳しいだろうし」  確かに、日々の仕事に忙殺されて観光をする時間も元気もなく、この辺りの地図は頭に入っているものの、施設名と業種程度しかわからない赤穂では娘の希望に応じたレジャーを提供するのは難しい。  全て綾の言う通りで、一つも反論が思いつかなかった。  赤穂が黙ってしまうと、アキラは少しだけ申し訳なさそうに苦笑する。 「すみません、親子水入らずを邪魔してしまって」  そう思うなら遠慮しろと言いたかったが、また綾に怒られそうで口を噤むと、ちょうどそこに天せいろが運ばれてきた。  アキラも赤穂に負けず食べるのは早いようで、天ぷらと蕎麦はするするとその胃の中に消えていく。  天ぷらと蕎麦が半分くらいになったところで、アキラは顔を上げた。 「んで、エスコートご希望とのことですが、お二人のご希望は?」  綾が元気よく挙手する。 「私は、水に入るコースター乗りたい」 「お、いいね。行こう行こう」 「混んでるかな?」 「休日だからね~。ま、でも何十分も並ぶほどじゃないんじゃないかな」  その施設は、先日アキラと観覧車に乗ったばかりで気まずいからやめないか。  ……などと異論を挟んだりできるはずもなく、赤穂は綾の行きたいところでいいとただ頷いた。  綾とアキラが目当てのアトラクションの待機列の最後尾へと向かうのを見送ると、ぼーっと突っ立ってるのも不審な気がして、赤穂は目についたベンチに座った。  園内は混雑しているほどではないが、親子連れや観光客などで賑わっている。  あちらこちらから楽しそうな声が聞こえてきて、これこそがこういった施設の正しい姿であり、少なくとも事件の捜査について密談するための場所ではないと改めて実感した。  狭い土地にアトラクションを詰め込んでいるので、頭上から様々な悲鳴のような歓声のような絶叫が定期的に聞こえてくる。  ジェットコースターの類は特に好きでも嫌いでもないが、性格上、ワーとかキャーとか盛り上がれないため、何となく同行人及び同乗者に対して後ろめたく、そういう意味ではあまり得意ではない。  二人で乗っても盛り下がること確定だっただろう。アキラが来てくれて助かったと言うべきか。  ……聡い綾のことだから、赤穂と二人だったら気を遣って別の場所を候補に挙げたかもしれないが。  これ幸い、とまで思ったわけではないのだが、思わず二人で乗ってくるようにと勧めてしまった。  せっかくの娘の気遣い? なので、考え事を再開する。  蕎麦屋からここまでの道中、娘のいる前で仕事の話を始めるわけにもいかず、アキラに被害者の画像を確認してもらうことはできなかった。  ただ、午前中にリツキに会って話を聞くことができたのはアキラのお陰で、情報提供の礼だけは早めに言っておくことにした。 「今朝、例のリツキさんから話を聞いてきた」 「あっ、無事リツキに会ってもらえたんですね」 「ああ。お陰様で、話を聞くことができた。ありがとう」 「少しでも尊斗さんのお役に立てたなら、よかったです」  アキラが相好を崩す瞬間をまともに見た赤穂は、一瞬言葉を失った。  嬉しい、という感情がダイレクトに伝わってくる変化で、こんな何もないやり取りで、どうしてそんな表情をするのかわからない。  わからないが、善意の情報提供だったということだけは確信できた。……確信させられたというべきか。  被害者の画像に関しても、前端と同じようにただの顔見知りということかもしれない。さっさと確認させてしまえばいい。  綾を帰した後、話があるといえば少しくらいは時間を取ってもらえるはずだ。  聞き慣れた声が聞こえてきて顔を上げると、アトラクションを楽しんだらしい二人が、こちらに向けて歩いてくるところだった。 「あー、楽しかった」 「ね。思ってたより水しぶき凄かったね」 「アキラ、地元なのに乗ったことなかったの?」 「地元だと身近すぎて逆に行かないってのもあるけど、俺が綾ちゃんくらいの頃はぼっちだったから、一緒に乗ってくれるような友達がいなくて」 「ええ~。カノジョは?」 「付き合ってくれるような人はいなかったかな」 「何それかわいそう」  恋人が一緒に行ってくれるような人ではなかったとも、そもそも恋人がいなかったとも、どちらともとれるような曖昧な言葉だ。  いざというときに責任の所在を曖昧にするため、意識して発している気がする。 「あ、でも観覧車は」  何を言おうとしているのか。会話を遮ろうと立ちあがったタイミングで、着信音が鳴った。  気付いた綾とアキラが足を止める。  赤穂は二人に申し訳なく思いながら、懐から端末を取り出し、通話ボタンをタップした。  残念ながら、というと不謹慎かもしれないが、集合住宅で変死体の通報があったという連絡で、臨場になった。 「……綾、せっかく来てくれたのにすまないな」 「私は大丈夫。お仕事頑張って」 「綾ちゃんの帰り道はお任せを!」  ピシッと芝居がかった敬礼をしたアキラに、赤穂はじろりと鋭い視線を送り、そして。 「頼んだぞ」  素直に託せば、アキラが驚いたような顔で固まる。  いつも困らされてばかりの相手の意表を突いたことで、少しだけ溜飲が下がった気がした。

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