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第28話
早速出掛けようとすると、アキラがタクシーを呼んだので到着まで少し待てと言う。
ずっと赤穂と話していた気がするが、いつの間にそんなことをしていたのか。行動が早い。
アキラが刑事だったら、さぞかし頼れる同僚だっただろう。
無論、能力面に限った話だが。
「前端の現在位置はわかっているのか」
「ついさっきまで配信してたので、今も自宅にいるようです」
「襲撃犯たちは、誰かからの指示を待っていたような様子だったが……」
アリバイ工作として、前端が配信している最中に襲撃させるというのはありそうな話だが、配信中に犯罪の指示など出せるのだろうか。
「Vだし、視聴者に悟られないように指示出すのは可能だと思いますよ。指示待ちに関しては、これは推測だけど、あそこで尊斗さんが出てきたのは想定外だったのかも。これまでの事件は不意打ちが多いようだったし、何らかの手段で任意のタイミングでマンションから出てくるように仕向けるつもりだったとか。ターゲットがたまたま深夜に外出するのを待つんじゃ、効率悪すぎでしょ」
「……まあ、管轄内で事件でも起これば、外出する可能性は高まるが……」
「前端本人に聞き込みしてることで、警察官だって知られちゃってますからねえ」
その推測が正しければ、今夜はもう一件事件が起こるはずだったのだろうか。
特に連絡はないので、赤穂の襲撃が計画通りにいかなかったことで中止になったと思いたい。
「そもそも、前端はどうやってここを突き止めたんだろうな」
「つけられてたとか」
だとしたら、我ながら随分と間抜けなことだと思う。
もっとも、赤穂の住むマンションは最寄り駅からほぼ一本道で、広い道路に面し見通しもいいので、遠くからでもどこのマンションに入ったかを確認できそうだ。
駅まで一緒に来ることが出来れば、どこに住んでいるかを特定することは容易いかもしれない。
「しかし……不意打ちが多いなんて、事件の詳細をよく知っているな。関係者から聞いたのか?」
情報源は被害者以外にあり得ないだろうが、元恋人、という言葉は何となく避ける。
「……ええ、そうですね、関係者から」
妙な間を置いて「関係者」を復唱したアキラに、不審なものを感じた。
ほとんど記事にすらならなかったので、インターネット上で詳細を知ることはできないはずだ。
まさか、その情報屋的な知り合いというのは、警察の内部資料まで閲覧できるのでは。
増す一方の不穏さに、先程、同僚だったらなどという愚かな想像をしてしまった自分を殴りたくなった。
前言は全撤回だ。この男を警察官にしてはいけない。
目的地には、十五分程で着いた。
車内では運転手もいるため会話もなく、アキラは端末で誰かとメッセージのやり取りをしていたようだ。
「ここですね」
アキラにつられて見上げた建物は、築何年も経っていなさそうな小綺麗なマンションだった。
縦に長く、各部屋はそれほど広くはないだろうが、立地などを考えれば安い物件ではないだろう。
「前端は素直にドアを開けると思うか」
「ここは魔法のパスワードを使うので、ご安心を」
ぱちりとウィンクを飛ばしたアキラは、ドア脇のパネルに数字を打ち込み始める。
手元のカードをスライドすると、ガラス張りのスライドドアが開いた。
「……おい」
「見逃してください。部屋に着いたらちゃんとピンポンしますから」
そういう問題ではない。
来ない方がいいと、執拗に止めた理由の一端はこれかと今更納得する。
非公開の様々な情報と、勝手に建物に入れてしまう謎のマスターキー。こんなものが簡単に入手できる、これが日本の裏社会を統べるという黒神会の力か。
法令遵守という言葉をかなぐり捨てれば、警察でもこの程度のことはできるだろうか。
うっかりすると「それでより多くの人を守れるならば……」という過激な思想へと傾きそうになるが、捜査のためとはいえ社会全体で決めたルールを逸脱した行為を容認してしまえば、正義の所在がわからなくなる。
違法行為をしてもいいから自分たちを守ってほしいという一般市民は多くはないだろう。
国民全員がそう望んだ場合、そのために振るわれた違法行為から守ってくれるのは誰なのかという話になるからだ。
安易に望んではならない力だと肝に銘じる。
手順に問題しかないものの、入ってしまったものは仕方がない。諦めの境地でアキラの後を追う。
前端の部屋は、最上階の角部屋だった。
インターフォンに手をかけたアキラから、少し下がっているように言われ、指示された位置まで後退する。
赤穂の姿がドアスコープ越しに見えれば、前端が警戒し、ドアを開けない可能性はあるだろう。
アキラがボタンを押す。
束の間の静寂。応答する声はないが、中で物音がして、部屋の住人が外の様子を窺っているのがわかった。
警戒されるのは当たり前の状況だ。どうするのかと思っていると、深夜だというのに、アキラはごんごんとドアを叩いて声をかける。
「こんばんはー、俺だけど。ちょっと開けて欲しいなあ」
逆に開けたくなくなるようなアプローチだったが、カチリと鍵の開く音がして、ドアが開いた。
「え、マジで、アキラ?」
「そう、話がしたくて来ちゃった。中に入れてもらえる?」
かなり怪しい状況にもかかわらず、アキラの訪問が嬉しかったのか喜色を浮かべかけた前端は、しかし赤穂に気付き表情を歪めた。
「……何これ、どういうこと?」
「何って、今更とぼけなくても、カチコミされる心当たりあるんじゃない? 高嶺シハエさん」
前端のもう一つの名を呼び掛けたアキラは、にっこりと綺麗な、しかし不穏な微笑みを浮かべた。
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