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第29話

 アキラの関係者への襲撃を指示しておきながら、その顔を見ただけでいそいそとドアを開けてしまうというのは、絶対に自分の犯行だと知られない自信があるからか、あるいはそれだけアキラへの想いが強いということか……。  警察官としては、アキラの話だけでは前端を指示役と断定できない。無関係という三番目の可能性もまだ、頭の片隅に置いておく必要があるだろう。  アキラを見た前端がどんな反応を見せるか、その確認に気を取られた赤穂は、次に起こった彼の悲劇を止めることができなかった。  前触れなく、ひゅんと大きく空気が動き、綺麗な回し蹴りが前端へと叩き込まれる。 「…………っ!」  前端は廊下に倒れ込み、腹を押さえて咳き込んだ。  アキラはその隙に、するりと玄関へと入り込んでしまう。 「うっ……ゲホッ、な……っ」 「おいアキラ」 「おおっとすみません、家の中に入ろうとしたら躓いてぶつかってしまって」  白々しい言い訳に、勢い良く立ち上がった前端が詰め寄ってくる。 「ちょっ……、どういうことだよ!? あんた刑事だろ! これ暴行罪じゃないの!? 止めろよ!」 「ええ~、わざとじゃなかったから、見逃してほしいですぅ」  ふざけきった態度のアキラと大袈裟な主張をする前端の双方に対し、赤穂はうんざりとため息をついた。  一応、義務は果たすかと聞いてみる。 「……被害届を出されますか?」 「故意でなく足の先がちょっとぶつかったくらいで起訴になるかな〜。時間の無駄じゃない?」  アキラの言い分はともかく、すぐに立ち上がっているところを見るに、怪我などはしていないだろう。  前端がむすっと黙り込んだので、アキラに「煽るな」と注意しつつ、釘を刺す。 「いいか、これ以上の暴力は禁止だぞ」 「は〜い、転ばないように気をつけます。じゃ、掴みもオッケーだし、本題に入ろうか」  今のやり取りはただのパフォーマンスか。  一発目に暴力を持ってきて相手の出鼻をくじく。そこはかとなく裏社会のやり口を感じる。 「俺の元カレがキッズに襲撃された事件に関しては、もちろん知ってるよね?」 「は……、なにそれ。知らないけど、お前の元カレってことは人相悪いおっさんだろうし、反感買ってオヤジ狩りに遭うことくらいあるんじゃね」 「知らないかあ……でもほら、この配信後のやりとりとか聴いたら、無関係はちょっと無理じゃないかな」  アキラは懐から出した端末を操作し、前端に突き付ける。  横から画面をのぞくと、ビデオ通話らしき動画が映っていた。  画面の半分は目の前にいる前端で、もう一人は見たことはないが、前端やアキラと同年代の綺麗な顔をした青年だ。 『配信お疲れ〜。てか、ガクがお悩み相談とか、何度見ても笑っちゃうんだけど』 『お前、適当なコメント送るなよ。熱狂的な信者の『シハ様が神』みたいにもっと投げ銭とかして盛り上げてくれなきゃ』 『ええ~、だって、「人とうまく話せな〜い」とか言ってる陰キャに共感してるガク、嘘臭すぎて低評価ボタン押さないようにするので精一杯なんだもん。あーみんなかわいそ。あんな口から出まかせ真に受けて、万引き強制されるいじめられっ子みたいに、親父狩りの真似させられてさ。しかも大体捕まってるし』 『金とってるわけでもなし、あいつらが勝手に俺を信仰してやったことだからいーんだよ。逮捕されて無罪放免までが遠足だよ』 『何それ意味不明。金にならないのにこんなことしてる意味まじでわかんない』 『ま、洗脳の実験だな。ついでに気に入らないやつに嫌がらせもできて、一石二鳥』  前端は驚愕の表情でアキラの手の中の小さな画面を見つめていた。  赤穂も驚いていた。先ほど見せられたものの中にこれはなかった。 「な、なんでそんなプライベートの通話が……」 「なんでだろうね? アバターで配信したり、肝心な指示は対面で出したり、色々データに残らないように気を遣ったつもりかもしれないけど、通話の録画が残っちゃってたんだよねこれが」 「……そんなはず……」  呻いた前端はすぐにハッとする。 「ま、まさか、キラか……!」 「ご明察。キラちゃん、彼氏との思い出はすべて録音録画しておきたい派なのか、証拠として全て取っておいて別れ話の時に使うつもりか知らないけど、データ残ってて助かったわ。リアルな知り合いにサクラとして協力してもらうなら、情報管理は徹底しておくべきだったかな」  前端は顔を歪め、唇を噛んだ。  全員が黙ると、別室から微かに、何かの通知を知らせる音が聞こえる。  視聴者を嘲るような不快な通話は続いていた。 『そもそも、やってみたら? って勧めたくらいで強盗とか、頭おかしすぎだよな? そんなに承認欲求満たしたいなら、ライバーに投げ銭する金で整形して顔面偏差値上げろっつの」 『ひっど。強盗した金で投げ銭しろって言ってた人が』 『いやいや、すぐに使い道が思い浮かばなければ、そんな使い方もあるよねって話しただけで、誰もしろなんて言ってないから』  会話の合間に、また別室から通知音が聞こえる。  蒼褪めて黙っていた前端だが、反論を思いついたのか、表情が不敵なものに変わった。 「は……、こんなのが証拠? 単なる雑談だろ。俺が関わったって証拠にはならない」 「警察の捜査ならそうかもしれないけど、俺は一般人だからさ。疑わしいってだけでも文句つけちゃうわけ。そうそう、いたいけな若者への暴言とかが許せない、私人逮捕系一般人なので」  私人逮捕系一般人とは一体。  ピロン。また通知の音だ。先ほどから相槌のように鳴り続けているのが気になる。  さすがに頻繁過ぎて前端も気になったのか、端末が置いてあるであろう別室に繋がるドアに目をやった。 「ずっと鳴ってるね。投稿が激バズでもしてるのかな?」  アキラの笑顔に不穏なものを感じたのか、前端ははじかれたように踵を返すと、ドアを開け、別室へと消える。  いきましょう、と促され、アキラと二人でその後に続いた。

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