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第30話
短い廊下の突き当たりはリビングダイニングとなっていて、それぞれ少人数用のテーブルセットが置かれている。
室内は雑然として片付いているとは言い難いが、男の一人所帯ならまあ綺麗な方だろう。
前端はラグの上のローテーブルの傍らに膝をつき、端末を覗き込みながら呆然としていた。
「なん……だ、これ」
「あ~、あの録画、全世界に向けて拡散されちゃってるみたいだね。ご愁傷様」
「はあ!? おい、ふざけ……これも犯罪だろ! 勝手にプライベートな通話を晒すとか」
「うんうん、世の中には悪い人がいるもんだ」
「なにを他人事みたいに言って……」
「いや他人事だし。拡散に俺が関わったって証拠、ないでしょ?」
自身が発したものと同じ言葉できれいに反撃され、前端は色を失くした。
どうやら、先程アキラが見せた配信後のやり取りがSNS上で拡散されて、炎上しているようだ。
巷で話題になるほど人気の配信者ではなかったようだが、こうした話題を面白おかしく拡散、炎上させるのが好きなユーザーは一定数いる。
共感することで支持を得ていた分、裏切られたと思うフォロワーも多いだろう。
もしかして、アキラがタクシーの中で誰かに連絡をしていたのは、この件に関しての指示だろうか。
だとしたら、拡散から炎上までの時間があまりに短すぎる気がするのだが、これも「情報屋的な知り合い」とやらの手腕なのか。
「どうして……、どうしてここまでする? 別れた相手が何されようと、どうでもいいだろ。しかも振られてるんだから、ざまあって思うのが普通じゃないか」
見上げた前端の瞳には、憤りよりも、理解できないものを恐れるような色が浮かんでいた。
対するアキラは、呆れたように「はぁ?」と眉を上げる。
「恋人じゃなくなっても、大切に思っていた人が傷つくのを喜べるわけないだろ。嫌いになって別れたわけじゃないんだから、なおさら。実験だかなんだか知らないけど、無関係の人まで巻き込んだのは本当に許せないし」
「……無関係?」
被害者にアキラと無関係の人物は含まれていただろうか。
内心首を傾げた赤穂は、アキラの視線が自分の方へ向けられていることに気付いて目を瞬いた。
「あのさ、この人は、事件のことを聞きにきただけの刑事さんだから。まあ、超好みのタイプだったから、情報提供を口実にちょっと連れ回しちゃったけど、今後関係者になる予定はないから頭に入れといて」
恋人などでないのは紛れもない事実だし、好意的に捉えれば赤穂の立場を慮っての言葉なのだろうが、無関係を強調されてなんだか少し釈然としない気持ちになる。
前端が「それは……無関係とは言わないだろ」と小さく呟いたのを、アキラは黙殺した。
「これ以上、俺の周辺の人に何かあったら、確証がなかろうともお前の身の安全は保証できないから。今の生活を続けたければおイタはやめて真人間になることをお勧めするね」
アキラはニヤリと不穏な笑みを浮かべる。
その力を思い知ったばかりの前端は悔しげにただ俯いた。
「そちらの刑事さんは、彼に何か聞きたいことはありますか?」
わざとらしく話を振られて、赤穂は少々考えた末、個人的に疑問に思ったことを聞いてみることにする。
「アバターでの配信を始めたのはなんのためですか?」
「それ、答える義務あります?」
「え~俺も聞きたいな〜。教えて教えて」
「…………」
赤穂には従う義理もないと、反抗的な態度を向けてきた前端だったが、アキラのふざけた口調に圧力を感じたのか、はたまた惚れた弱みか。
むすっとした表情で「別に、単なる暇つぶしですよ」と話し始めた。
「バーで声かけてきた奴と成り行きで一緒に飲んでたら、「声がいいから配信してみたらどうですか」って言われて、気が向いて始めただけ」
「お前自分の顔好きだし、普通に顔出しの配信じゃダメだったの?」
「後から顔バレしてイケメンだとわかった方が話題になるって聞いたから」
「あっそう……。まあそれはどうでもいいとして、その飲み相手が戦犯なのね」
他には? という視線に首を振った。
「んじゃ、用も済んだしとっとと去りましょうか。パソコンとか押収します?」
「いや……、必要なら後日改める」
前端が関与していることは確定でいいだろうが、指示した直接的な証拠もないので罪に問うことはできない。
これまでに起きた事件は既に片が付いてしまっているし、もう起きないのであればそれでいい。
アキラは頷いて踵を返すと、失意のまま画面を見つめる前端に軽く声をかける。
「身から出た錆、火消し頑張って~」
帰りもタクシーを呼んだというので、マンションの前で少し待つことになった。
「結局……前端は何がしたかったんだろうな」
寒空の下佇んでいると、浮かんだ疑問が白い息と共に口から零れる。
アキラへの恋心を被害者への襲撃指示の動機とするのは、少々弱い気がする。
前端は非常にプライドが高そうなので、見栄から本心を見せなかっただけかもしれないが、態度や言葉からはアキラへの執着心のようなものはあまり感じられなかった。
動機が曖昧なのは、どうにもすっきりしない。
「本人も言ってた通り、暇潰しじゃないですか? 配信もなんとなく始めただけみたいだし、ちょっと悪ふざけをしただけのつもりが、ガチの反撃されてショックだったと思いますよ」
「未成年を巻き込んだ挙句、怪我人が出ているんだぞ」
「俺をたぶらかした悪い大人を懲らしめて、キッズには刺激的な体験をさせられる。社会貢献くらいの気持ちだったかも」
一つも理解できない。
そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。アキラは困ったように笑う。
「家が裕福で金に困ってないし、顔がいいから周りもちやほやするし、人生イージーモードって勝手に思い込んで時間を持て余してるんでしょうね。クズだなと思うけど、俺もガキんちょの頃にクズ期通ってきてるので、前端のことをどうこう言えないかも」
マンションのエントランスの明かりに照らされた整ったその横顔には、どんな過去を回想しているのか、悔恨が浮かんでいるようだった。
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