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第31話
「そのクズ期とやらの詳細が気になるな」
「おっと、それはトップシークレットですよ。それにもう時効ですから」
誤魔化されるのを覚悟で言ってみたが、やはりそう簡単には口を割らないようだ。
「時効ならいいだろう」
「俺に興味を持ってもらえるのはめっちゃ嬉しいけど、これ以上好感度下げたくないですからね。尊斗さんだって、人に言えないヤンチャな過去の一つや二つ…………、うん。なさそうですね」
「勝手に納得するな」
「えっ……もしやあるんですか?」
キラキラと期待に満ちた瞳で見つめられて、己の青春時代を振り返ってはみたものの。
「……まあ、思い当たるエピソードはないが」
「あははっ、やっぱり」
ヤンチャをしていた過去などない方がいいはずで、笑われるのは釈然としない。
ツボにでも入ったのか、アキラは一人でいつまでも笑っている。
そろそろ収めろ、と文句を言おうとして顔を上げた赤穂は、相手の顔を見て言葉を呑み込んだ。
「そういう生真面目なところが、本当に」
やわらかく細められた瞳。
アキラはこちらに伸ばしかけた手を、すぐに握り込むと「……俺も、未練がましいな」と呟き、視線を外した。
言葉と態度の意味を尋ねようとしたところで、折悪しくタクシーが到着する。
後部座席に乗るように促されて乗り込むと、アキラは外から声をかけてきた。
「今日は、一緒に来てくれてありがとうございました。尊斗さんのおかげであいつも無事で済んでラッキーでしたね。俺一人で乗り込んでたら、人間トランポリンくらいにはしてたかもしれないし」
「おい」
物騒な発言内容を咎めれば、アキラは冗談だと笑い、乗らずにドアを閉める。
助手席に乗るのかと思いきや、その様子もない。
運転手に出していいかと確認された赤穂は、急いで窓を開けた。
「お前は乗らないのか」
「方向違いますからね。別便で行きます」
「……前端の部屋に戻るつもりじゃないだろうな」
「いやいや、さすがに今夜はもう帰りますよ。尊斗さんも戻ってゆっくり休んでください」
どこか引っ掛かりを感じたままの赤穂を乗せた車が発進する。
アキラの態度も気にかかるし、事件に関しても聞きたいことはまだたくさんあり、赤穂からすれば解決したとは言い難い。
これ以上同じような事件が起こらないのであればいいのかもしれないが、何ともすっきりしない結末だ。
あのような晒し行為による報復は、止められるなら止めたかったというのが正直なところで、同行した意味は本当にあったのだろうかと自問する。
恐らく、黒神会の身内(の身内)に手を出してしまった者が受ける報復としては、軽いものだっただろう。
しかし、犯罪には違いないのだ。
個人の通信記録まで入手できてしまう『情報屋的な知り合い』とやらも、黒神会の関係者に違いない。
結局、アキラと赤穂の目指すところが交わることはないのだと思った。
「……………………」
いや、そもそも交わる必要はないのか。
捜査にまつわること以外で関わる必要のない相手だということを、どういうわけか失念していた。
そう、アキラ自身も、無関係だと言っていたではないか。
『あのさ、この人は、事件のことを聞きにきただけの刑事さんだから』
無関係とわざわざ念を押したのは、赤穂の立場への配慮だとわかっているはずなのに、妙に胸の裡がざらつく心地がして、困惑する。
今日は立て続けに色々なことがあって、疲れているのかもしれない。
自宅に戻れた時には、午前三時を過ぎていた。
余計なことばかり考えてしまうのは、きっと睡眠が足りていないせいだ。
赤穂は最低限の寝支度をしてさっさと寝ることにした。
ベッドに身体を投げ出すと、これ以上の娯楽はないと思える。
呼び出しがかからなければ、明日も休みだ。現在抱えている案件に至急のものはないので、事件のことを忘れてのんびりするのもいいかもしれない。
やっておきたい家事のことを数えながら、赤穂は深い眠りに落ちていった。
それから約三時間後。
のんびりなどという休日がやってくるはずもなく、署からの着信に叩き起こされる。
はっきりと覚醒しないまま条件反射で電話に出ると、相手は初音だった。
淡々と告げられた、「殺しです」の一言で、眠気は吹き飛んだ。
急いで身支度をして自宅から直接臨場すると、まだ鑑識が仕事中だった。
現場保存の邪魔をするわけにはいかない。赤穂は現場に集まりつつある強行犯係の面々を見つけ、合流した。
「係長、おはようございます」
「ああ、おはよう。状況はどうだ」
通報を受けて駆け付けた地域係から既に情報収集済みの初音が、報告をする。
早朝、ジョギング中の男性が、公園の植え込み付近に倒れている若い男性を見つけて警察に通報した。
男性の頭部には鈍器で殴られたような外傷があり、それ以外にも全身に暴行を受けた形跡があるため、現状では直接の死因はわからない。
凶器も目撃者もまだ見つかっておらず、周囲には防犯カメラもないとのことだ。
「(深夜、しかも防犯カメラの死角の襲撃か……)」
反射的に前端の件と結びつけそうになり、先入観は禁物だと考えを一旦捨てる。
初動捜査で方向性を誤ると、真実には辿り着けない。
そう己を戒めつつも、無関係ではないという確信めいた考えが、頭の片隅から消えることはなかった。
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