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第32話

 鑑識の作業が終わった頃には、現場と自宅が遠い面々も到着したため、手分けして聞き取りを始めた。境課長も臨場しており、検視を行っている。  引き上げようとしている鑑識係員の長島の姿が見えて赤穂が声をかけると、彼はオドオドと視線を彷徨わせた。 「あ、赤穂係長、お、お疲れ様です……」  この態度、最初は赤穂の呪われた顔面のせいかと思ったが、誰に対してもこの調子らしい。  本人曰く、物はともかく人間と対話するのは苦手、とのことだ。  物言わぬ押収品から事件当時の情報を得ることに長けた彼からしたら、物との対話の方が得意ということになるのだろうか。  初対面では怖がられることの多い赤穂でも、さすがに物よりは人の方が表情もわかるし対話しやすい気がする。いや、そもそも物との対話とは……?  言葉の意味を深く考えてしまうとなかなか不思議な青年だが、ともあれ優秀な鑑識係員であることには違いない。  長島はそわそわと現場を見回すと、意を決したように赤穂に視線を戻して聞いた。 「ご、ご遺体は、もう確認されましたか……?」 「課長の検視が終わったら確認する。先に長島に話を聞いておこうと思って」 「そ、そうでしたか……。何か、有益な話ができるといいのですが」 「犯人は、複数か?」 「あ、いえ、被害者周辺の下足痕は、一人分でした」 「……一人?」  つい詰め寄ってしまうと、長島は前髪で表情を隠すようにして一歩後ろに下がる。 「えっ、あっ、ハイ、一人です……、な、何か……」 「ああ……、いや」  何でもないと、話の続きを促した。 「ええと……、足跡だけで見るなら、あの辺りで、背後から鈍器による激しい一撃を受けて、逃げようとしたけどダメージが大きくて歩けず倒れたか、すぐに追いつかれたかして更なる暴行を受けて、今の地点で亡くなったのでは……という見立てになるかと……。あ、もちろん逃げようとしてとか倒れたとかの部分はただの妄想です、ので」  あのあたり、として長島が示したのは、公園の入り口付近だ。  現在被害者が倒れている地点とは、三メートルほど離れているだろうか。行政の手入れが行き届かないのか、植え込みが少々伸びすぎているため、公園の外からも中からも死角として利用できそうではある。背後からの一撃、とのことなので、植え込みに身を隠していて後ろから……という展開はありそうだ。 「死亡推定時刻は?」 「か、課長が確認されているかと」 「ひとまず、鑑識の妄想を聞かせてくれ」 「で、でしたら、昨晩の二十三時頃から、翌午前二時の間くらいかと。致命傷になったと思われる脳挫傷の他にも、執拗な暴行を受けた形跡があるので、死因特定は解剖一択だと思います」  一部初音から聞いていた情報とも一致し、赤穂は頷いた。  見立てなどに関し本人は妄想と言っているが、恐らくそう外れてはいないだろう。長島の知識と観察眼は侮れない。 「ありがとう、参考にさせてもらう」  長島は小さく頭を下げ、鑑識車の方へ戻って行った。  入れ違いで、手帳を片手に三春が近付いてくる。 「係長、長島はなんて?」  三春と長島は同期だという。彼の見解が気になったのかもしれない。 「いろいろと妄想を聞かせてもらった。署に戻ったら共有しよう」  妄想って、と三春が笑った。 「あいつ、優秀なのに言動は相変わらずですね。あ、課長の方は済んだみたいですよ」  三春と共に手を合わせてから、遺体の状態を確認する。  被害者は、細身の若い男性だった。  服は汚れてはいるものの、ハイブランドの派手なものだ。顔に関しては暴行を受けているため、顔立ちの判別は難しいが、手足が細く、背格好は先日あったリツキを思わせた。  それらを確認した瞬間、拍子抜けしたような心地がして、どういう心境なんだと己を顧みる。  先程、下足痕が一人分だと言われて驚いた時もそうだったが、どうも自分は、勝手に前端の事件の被害者のような壮年の男性を思い浮かべていたらしい。  先入観はいけないと戒めてはいたはずだが、そう簡単に切り替えられないということか。  昨晩の別れ際のアキラの態度や、彼がまっすぐ帰宅したか確認しなかったことが気になっているのかもしれない。  今は、目の前の事件に集中しろと、改めて己に言い聞かせる。  気温が低いため変化は緩やかだが、瞳孔の乾き具合や硬直がはじまっている様子などから、死亡推定時刻に関して赤穂も長島と同じような見立てだった。  それにしても、無抵抗のところ殴る蹴るの暴行を受けたと思われる顔は、酷い有様だ。  仮に長島の見立て通りだったとして、強烈な一撃を加えた後にこれほど追撃するとは、犯人はよほど被害者に恨みでもあったのだろうか。  犯人が財布に手を付けた様子はなかったようで、物盗りの線はほぼ消えている。  中に入っていた身分証から被害者の身元は分かっているため、まずは怨恨の線で捜査することになるだろう。  若くして命を落とした被害者のためにも早期解決を誓った赤穂は立ち上がり、三春に撤収の指示を出した。

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