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第35話
リツキの自宅に向かう道すがら、大石と情報のすり合わせを行う。
会議の際に連続暴行事件に関しての捜査状況も全体に共有しているため、大石も赤穂がリツキと面識があることを認識している。
朝会で加賀はアキラのことを「協力者」としていた。『SHAKE THE FAKE』の関係者からの情報は、互いの立場上色々と問題があるため、独自の情報源として濁したのだろう。組織犯罪対策課においては公にしにくい情報源というのはよくある話なので、暗黙の了解でスルーされたようだ。
「赤穂さんは事件の日に若竹律稀と会っているんですよね。どんな様子でしたか」
若竹律稀とは、リツキのことだ。
大石に聞かれ、赤穂は先日のリツキの様子を思い浮かべる。
殺人事件の犯人が前端の周囲の人物であると仮定した場合、リツキは被害者になる可能性も、加害者である可能性もある人物だ。
彼が加害者ということになれば、赤穂は直前に対面していながらまったく犯行の気配に気づけなかった、間抜けな刑事ということになるだろう。
実際にそうだった場合は非難されても文句は言えないが、リツキの態度に不審な点はなかった。ないと思った。
強いて言えば、警察官と相対しているのに彼に緊張した様子がなかったことだろうか。しかしあれはアキラという知り合いを通して、聞きたいことも予め伝えた上での聴取だった。目上の人間に対してかしこまるような性格でもなさそうだったので、不審というには弱いだろう。
「前端のことについて軽く聞き取りをしただけだが、好意でも悪意でも、前端に強く執着している様子はなかったな」
「では犯人の線は薄そうだと」
「所感ではあまり濃くはない。もちろん、演技の可能性もあるから、現時点では所感以上のものではないが」
「まあ、刑事相手にわざわざ犯行を匂わせる奴もそうはいないですが、怪しい奴は何となく印象に残るから、赤穂刑事の直感の方が当たってそうな気はします」
前端などは会った瞬間から赤穂も加賀も気になっていたことを思えば、刑事の勘というのも馬鹿にしたものではないかもしれないが、予断は禁物だ。
「所感は忘れて、自分の目で確認してくれ」
「は、…はい、すみません」
別に注意したわけではないのだが、謝られてしまった。
改まって怒っていないとフォローするのも違うような気がして、いつものことだが赤穂は己の顔面と無愛想さを呪った。
直接自宅を訪ねると、リツキは驚いた様子だったが、清水悠真が殺害されたことは既に報道されているため、刑事の訪問は想定内だったようだ。玄関先にて聞き取り応じてくれることになった。
前回と同じく午前中の訪問となったため、今日も彼は起き抜けのあくび交じりだ。
「……で? 今日はユウマの件できたの?」
「清水悠真さんとは、お知り合いですか」
「顔見知りっていうのかな。話したことはないけど、お互いの存在は知ってるみたいな」
彼らのコミュニティでは、互いを認識している程度の仲、という関係性が本当に多い。
清水と前端の関係を認識していたかどうかなどいくつか確認した後、事件の日の夜にどこにいたか尋ねると、リツキは初めて動揺を見せた。
「え、もしかして俺容疑者なの? 元カレ取られた怨恨ってこと?」
「話を伺った方全員にお聞きしていることなので、ご心配なことがなければご心配なく」
「……刑事さん結構言うよね。その時間はR・ラグーンってバーで飲んでたと思う」
「お一人で?」
リツキは表情を曇らせ、一瞬口ごもった。
「何か」
「……そのバーで会った男と一緒だったよ」
「相手の方のお名前を教えてもらえますか」
渋々話すリツキに、大石がメモを取りながら、相手と連絡が取れるかどうか確認する。
口ぶりからして薄そうな関係だが、バーと併せて確認すれば裏付けはとれるだろう。
「もういい? 二度寝したいんだけど……」
「ここ数日、何かいつもと違うと思われることはありませんでしたか。行きつけの場所で、気になる人物を見たとか」
「どうかな……、刑事さんが二回も聞き込みに来た以外で特に変わったことは起きていないと思うけど」
赤穂は頷き、些細なことでも何かあったら連絡をするか一一〇番へ通報するように念を押して、話を終えた。
本当ならば、安全のために夜間の外出は控えてもらいたいところだが、働いているのは大体夜とのことで、あまり強く言うことはできなかった。
マンションから出ると、大石はとったメモを改めて確認している。
「アリバイもありそうだし、話してみて、加害者の線は薄いと自分も感じました」
「そうだな……」
このまま裏取りに行きたいが、バーで聞き込みをするには開店を待つ必要がある。
リツキが加害者ではないとすると、今度は被害者になる可能性があるため、周辺で聞き込みをしようということになった。
犯人は確実に防犯カメラのない場所を狙って犯行に及んでいる。
一般人だと仮定しての話となるが、カメラの有無は自分の足で確かめるしかないはずで、二度目があるとしたら入念な下見を行う可能性があり、不審人物の目撃証言が出るかもしれない。ないならないで、なかったことを確かめるのも捜査には必要なことなのだ。
リツキと話した翌日。
成果に乏しくあまり雰囲気のよくない朝の会議の場において、本部の捜査員の口からアキラの名前が出た。
「碧井アキラという人物について、先の連続暴行事件の関係者かと思われますが、聞き取りなど行っていないのですか」
危うく動揺が顔に出そうになったが、何とか不動を貫く。
加賀がどれほど濁そうとも、関係者に聴取をすればアキラの名前は出てきてしまうだろう。
壇上の捜査一課長が、加賀に発言を求めた。加賀は立ち上がり、苦い表情で口を開く。
「碧井アキラは、黒神会幹部神導月華の関係者です。本件に奴が絡んでいるとなると、捜査が打ち止めになる可能性があります」
暗に、これまでわざわざ名前を出さなかった意を汲め、アキラを絡めるなと言っている。
捜査本部に詰めての長期間の捜査は大変だが、殺人事件を未解決のまま終わらせたい警察官などいない。
触らぬ神に祟りなしとばかりに、会議は直前のやり取りをなかったものとして再開されたが、赤穂は雲行きの怪しさに一抹の不安を感じていた。
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