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第37話
アキラの自宅は『SHAKE THE FAKE』からは徒歩圏内で、急な坂道の続く高級住宅街の中ほどにあった。
端末で地図を確認しながらどことなく異国情緒の漂う街並みを歩いていくと、瀟洒な邸宅が見えてくる。
周囲に商店などもないため辺りはかなり暗く、建物の全容は確認できないが、歴史のありそうな洋風建築であることはわかった。門からのぞく玄関までの距離から、敷地の広さが見て取れる。
アキラは本当にこんなところに一人で住んでいるのだろうか。
明かりのついている部屋があることから在宅のはずだが、インターフォンを押しても反応がない。
「(……まさか、本当に具合が悪くて寝込んでいるのか?)」
もう一度押してみるか、電話をかけてみるかと考えていると、慌ただしく玄関の開く音がした。
「尊斗さん、ホンモノ? え、な、なんでうちに何しに来ちゃってんですか?」
ドアモニターで確認したのか、かなり困惑した様子で門まで歩いてくる。
クルーネックのカットソーにデニムという、普段よりは地味な格好だが、髪なども乱れておらず寝込んでいた様子ではない。
赤穂は安堵したが、安否確認以上の意味ではもちろんない。
「……持病は落ち着いたようだな」
「持病? ……あー、ハクですね? んもう我が親友ときたら、わかっててやってるのか天然なのか」
アキラは何かぶつぶつ言ったかと思うと、門扉を開けた。
「とりあえず、また誰かに見られて無駄に尊斗さんが狙われるようなことになったら大変なので、中にどうぞ」
玄関をくぐると、そこは吹き抜けのホールだった。頭上にはシャンデリア。暖炉があり、アンティーク家具が置かれている。暖炉に火は入っていないが、室内はかなり暖かい。床暖房だろうか。気密性の高さに、日本家屋との違いを感じた。
刑事としての習い性か、つい部屋の中を仔細に観察してしまう。しかし、目に入る範囲にはアキラの私物らしきものは見受けられなかった。普段は観光施設にでもしているのでは……と思ってしまいそうな生活感のなさだ。
「綺麗にしているな」
「一人で管理するのはしんどいから、使ってる部屋以外は頻繁に業者に掃除頼んでます。維持費かかるから売っちゃってもいいんですけど、まあ、じいさんの代からの遺産的なものなので、無理なく賄えるうちはいっかーって。職場にも近いし」
庭も荒れた様子ではなかったことから、相当な維持費がかかっているだろうが、無理なく賄えているというのはすごいことだ。家以外にも多額の遺産があったのだろう。
「お祖父様は何か商売を?」
「戦後のドタバタ期に貿易でうまいこと儲けたとかなんとか? 母はかなり歳とってからの子供だったみたいで、俺がじいさんに関しての話を聞いた時には本人はもう亡くなってたからあんまりよく知らないんですけど」
母親も早逝しているから、家族の話を聞ける機会は少なかったに違いない。つくづく家族との縁が薄いようだ。
「とりあえず……座ります? ここの方がいいです?」
アキラが何やら遠慮がちに聞いてくる。
応接用らしきホールの脇にある一対のソファセットを示されたが、長居をするつもりはなかった。
短く断り、立ったままで本題に入る。
「清水悠真という人物を知っているか」
その名前で、アキラはすぐに赤穂の用件を察したらしい。
「もしかして、この間の殺人事件について調べてるんですか?」
「知り合いか」
「顔とユウマって名前だけ知ってた感じですね。何か調べます?」
「いや。その件に関して、店かここに刑事が聞き込みに来るかもしれない」
「え、俺に? ……もしかして前端つながりで重要参考人的な?」
さすがに話が早い。
赤穂は頷き、しっかりとアキラの顔を見ながら話す。
「その時は、私に気を使わずにちゃんと証言しろと言いにきた」
「えぇ……、わ、わざわざそのためにうちまで来たんですか? メッセージ送ってくれるだけでもいいのに」
「検閲が入ると困ると言っていただろう」
「や、でも、尊斗さんと一緒にいたって言っちゃうと説明が面倒でしょ? 尊斗さんの前で言うのもあれですけど俺はいざとなれば色々揉み消せるんで、ほんとお気遣いありがたいけど不要っていうか……」
本当にあれなことを平気で言う。
「そういう不正がよくないからわざわざ来たんだ」
「う、う〜ん……、俺は黙っておいた方がいいと思いますよっていうか、これを俺にわざわざ言ってる時点で重要参考人に捜査状況漏れちゃってるんですけど。それは不正では?」
指摘され、うっかり「確かにそうだ」と思ってしまった。
赤穂は白々しいと思いながらも、言い換えた。
「これは……、根回しだ」
「大人って、汚い」
いざとなれば色々揉み消せるなどと平気でのたまうこの男にだけは言われたくない。
「お前は全方位から怪しいから、本ボシ候補にでもなったら捜査妨害もいいところなんだ。さっさと候補から外れてもらわないと困る」
「全方位から怪しいは失礼すぎません……? まあ、複雑だけど、尊斗さんに疑われてないのは単純に嬉しいっていうか」
素直に喜んでいるような様子に、若干の後ろめたさを感じた。
赤穂はアキラが犯人ではないと思っているが、犯人が見つかるまでは「お前じゃない」と断言することはできない。
「……とにかく、そういうことだ。聞かれたことは、正直に話せよ」
「尊斗さんが尋問してくれるならあることないこと話せそうなんだけどなあ」
「ないことは話すなと言ってる」
こちらは真剣だというのに、アキラはあはは、と声をあげて笑った。
まったく、先程本当に具合が悪いのかと微かに心配になった気持ちを返して欲しい。
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