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第39話

 自分は同性愛者か異性愛者か。  赤穂はこれまで自分の性的嗜好について深く考えたことはなかった。  この顔のせいで幼い頃から男女問わず遠巻きにされることが多かったため、誰かと親密な関係になるというイメージ自体が希薄だったせいもあるかもしれない。  顔が怖くても気さくな性格であればギャップとして好感を持たれるようなこともあったかもしれないが、赤穂は友達とふざけ合うのが苦手な寡黙な性質で、加えて規則や言いつけを破るのが嫌いな生真面目な性格でもあったため、学生時代には「見た目通りの怖い奴」というイメージを覆すことは出来なかった。  元妻・蘭との出会いは、高校一年の時だ。同じクラスで、学級委員として一年間共に過ごした。  蘭と赤穂は似た者同士だった。彼女もきつい目元や愛想のない表情や真面目な性格のせいで、幼い頃から恐がられたり煙たがられたりしてきたという。  入学して早々、「真面目そう」という理由でほぼ初対面のクラスメイト達に学級委員に推薦され、二人でクラスの取りまとめや雑用をやらされることになったが、同じ悩みを持つ者同士だったため、彼女とはすぐに打ち解けた。  互いに他に特別に親しくしている相手がいなかったから親密に見えたのだろう、定番の「あいつらデキてる」的な噂が立つまで時間はかからなかった。  赤穂はそれを不快には思わず、彼女もまた同じ気持ちだったようだ。  それもいいかと、かなり成り行き的に付き合うことになった。  その関係はそれぞれ別の大学に進学してからも変わらず、……恐らく、互いに他の相手が見つからないと思っていたのだろう、結婚まで至った。  彼女に出会うまで、実際に誰かと付き合ったことはなかったため、恋愛をしているという高揚感はあったし、年頃の男子なりの好奇心もあった。大切にも思っていた。  ただ、今思えば、彼女への気持ちは恋愛感情よりもシンパシーの方が強かったのではないか。  お互いに、お互い以外の選択肢はないと思っていた(思い込んでいた)。  しかし、学校という閉ざされたコミュニティから社会に出れば、人間関係は変わっていくものだ。  警察には人相の悪い警察官は珍しくなく、職務の性質上、強面はマイナス要素ばかりでもなかった。  彼女もまた、大学時代に研究開発の楽しさを知り、研究開発受託メーカーへと就職してからは仲間に恵まれたようだ。  二人の間にトラブルはなかった、と、赤穂は認識している。  離婚を言い出したのは彼女の方で、理由は「結婚している意味があまり感じられないから」とのことだ。  互いを必要としなくなったから、別れよう。そういうことだったのではないかと思っている。  赤穂には彼女に不満はなかったため突然のことだったが、彼女を繋ぎとめておきたいとか、そういう気持ちにはならなかった。  娘がまだ幼いのでそれだけは気がかりだったが、そもそも家にいられることが少なすぎる赤穂には、心配する資格すらないだろう。  赤穂は彼女の望むまま、素直に離婚に応じた。  あまりショックを受けていない己自身に、自分は何か人として大切な感情が欠落しているのでは、などと不安になったが、常に激務の職場なのが不幸中の幸いというべきか。ひたすらに仕事に励むことでそうした感情も遠くなった。出世欲もないのに警部補に昇進し係長になってしまった辺りも、仕事に邁進しすぎた成果と言える。  ここにくるまで、一度も自分の性的嗜好について考える機会はなかった。  夫であり、父親であることが苦痛なこともなかったから、実はゲイだったという可能性は薄そうだ。  では、アキラに対してはどういう感情なのか。  離婚前は三人で暮らしていたところ、一人になってしまって寂しいという気持ちはあったかもしれない。 「(……つまり)」  一人で寂しいところに、やたらと好意的な態度のアキラが現れたから、気になっている。  ……そんなところだろうか。  人間関係の選択肢が皆無なせいで、別に相手がアキラでなくとも、同じように思ったのかもしれない。  自分のプライベートの充実してなさを思い知るなんとも悲しい結論になってしまったが、そういうことだろうそうに違いない。 「碧井アキラが犯人じゃないといいですね」  仕事中で移動中だった。  昨夜のアキラとのやり取りの余韻を引きずって半生を回想してしまっていた赤穂は、隣から聞こえてきた大石の発言に、たっぷり三十秒は固まった。 「…………………………」 「赤穂さん?」 「あ、ああ、すまない。……なぜ、そのように?」 「え? だって、黒神会の関係者じゃ、この件がお蔵入りになるかもしれないじゃないですか」  そういう話か、と肩の力が抜けていくのを感じる。  結局、今朝の会議ではアキラへの言及はなかった。加賀の言葉を重くみたのだろう。  ただ、現状捜査は行き詰まっており、聴取できない関係者がいるということで、捜査本部の士気が下がったことは否めない。  刑事ドラマであれば、若手の熱血刑事辺りが突撃するようなシチュエーションだが、捜査本部に集められた警察官の中にそんな蛮勇を持ち合わせた者はいないようだ。  しかし、驚いた。  固まった数十秒間、彼にアキラと赤穂が個人的な親交があることを知られているのかとかありとあらゆる可能性を考えてしまった。  今話題として振るなら他意などあるはずもなかったと、赤穂はもっともらしく頷く。 「……そうだな。手を尽くして捕まえられないならともかく、そんなことで事件がお蔵入りになるのは、避けたいところだ」 「とはいえ、黒い後ろ盾を持ってる人物なら、色々と膨らませられそうなので、接触できないのは残念でもあります」 「碧井アキラが、怪しいと思っているのか」 「いや……、でも関係者全員、証言も関係性も希薄すぎて、はっきりしなくて気持ち悪いんですよね。何か、突破口が欲しくて」 「突破口か……」  聞き込みの対象もいいかげん頭打ちだ。  考えた末、もう一度現場に行ってみようということになった。

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