35 / 42
第35話
「ここにいたのね!」
アリの声で意識が引き戻される。
俺は耳がいいからいつもなら後ろから近づく足音にすぐに気づいたはずだ。
でも今はすっかり動揺していて全く気づかなかったし、手の力も緩んでいた。
危うく男を取り逃がす寸前だ。
もう一度、力を込め直して男に話す。
血の匂いが先程よりも強くなっているから傷がさらに開いたのだろう。
男はそれでももがき続けるため、俺は仕方なく首を叩いて気絶させた。
そしてだらりと力の抜けた体を担いで再び、医者のもとへと向かう。
また逃げないように心苦しいが手足を縛り寝かしつける。
グリシャがどうして囚われてるのか起きた男に聞くために、俺は男の側に居続けることにした。
アリや医者は昨日、今日と続きの徹夜はさせたくなかったから、帰らした。
空に月が浮かぶ頃、男は目を覚ました。
そして動こうとして異変に気づく。
「ぐ、縄をとけ」
そう言いながら俺を睨みつける。
瞳は邪魔をするならお前を殺すという意思が透けて見える。
こんな殺気は狩のときや王国の者と対面したときにしか浴びせられない。
酷い怪我を負ってもなお、この気概を保つ男は立派な戦士なのだろう。
俺は獲物を見るがごとく男をみて、質問する。
その目線に男の顔つきは変わる。
「なぜ、グリシャが囚われてるのか教えてください。」
深々と頭を下げて、男に頼む。
辞書から知ったのだが、王国の人間はお願いをするときにこうするらしかった。
頼み事をすらなら相手の作法に習うべきだ。
男はしばらく黙って俺を見つめていた。
信用できるかどうか評価されているのが見なくとも伝わってくる。
目を閉じているからやけに自分の心臓の音が聞こえる。
それを男の声が遮った。
「グリシャ様を気に入っていた王が死んだんだ。だから、正妻から守ってくれてた盾がなくなって王宮はグリシャ様の敵だけになった。それで王を誑かしたとかの罪で無理矢理、刑にかけらた。」
男の話にでてくる王とはあの日グリシャに覆い被さっていた気持ち悪い大男だろう。
グリシャを王宮に縛り付けていた奴が皮肉なことにも盾ともなっていたのだ。
敵だらけの王宮でグリシャは必死に生きるためにあの男に体を開け渡していた。
そんなとこにグリシャを置いてきてしまった後悔がやがる。
あの時、無理にでも連れ出してしまえばよかった。
あんな別れで最後なんて耐えられない。
そう思いながらも、何とかグリシャを助ける手がかりを男から得るために平静を装う。
「グリシャはまだ生きているのですよね。助けることは可能なのですか。」
俺の質問に男は苦い顔をする。
助けられない可能性の方が高いけれど、飛び出したのを物語っていた。
その表情に俺の不安は大きくなっていく。
「限りなく不可能に近いがあるにはある。処刑の直前にグリシャ様は、処刑台へ向かうために外に出る。その時に救出できればいいのだが、周りには多くの見張りや見物人がいて俺、1人では無理だ。」
ここまで言って男は悔しそうに顔を歪めた。
けれど救出できる機会があるのを知れて俺は少しだけ安心した。
まだ、可能性は0ではない、ならばやれるだけのことはやりたいのだ。
俺は男をまっすぐと見据える。
「私も協力させてください。グリシャを助けたいのです。」
男は俺を訝しむような目線を向ける。
しかし、背に腹は変えられないのだろう。
一瞬の間の後に答える。
「よろしくお願いします。少しでも人数は多い方がいいので。」
よかった。これでグリシャを助けにいける。
ただ、男の話を聞いたところ、たった2人でどうにかなるものではないだろう。
けれども村の人に頼めることなんかではない。
まだグリシャを助け出すのには絶望的なことには変わりなかった。
そんなことは俺も男もわかっているから暗い沈黙が続く。
男の顔を見ると死にに行く覚悟が刻まれている。
こんな状況でもグリシャを助けようとする男がいたことがせめても救いだ。
ガララ
いきなり戸が開かれ部屋に月明かりが差し込む。
見るとテオと数人の村人が立っていた。
「話は聞いた。俺達も連れて行け。」
と、テオは王国の言葉で話した。
おかしい、俺以外は王国の言葉なんて理解しようともしていなかったのに。
俺が驚いて目を見開いているとテオはズカズカと部屋に入ってくる。
「重症者とお前、2人だけなんて無理だ。それにお前は村長だろう、死んでどうする。俺は頭がいいから役に立つ。だから連れてけ。」
テオはグリシャの母の死の隠蔽に関わった。
友達だと思っていた奴の行動を知って俺は裏切られたと思い、彼へきつい言葉を浴びせた。
それなのにテオはグリシャを助けるのに協力しようとしてくれている。
テオは頭がいいからいてくれたらきっと力になるはずだ。
ただ、思わぬ援軍に俺は何も言えない。
そんな俺を見てテオは話始める。
「俺はアレンに嫉妬していて酷いことをした。今更、こんなことしたって罪滅ぼしになるとは思ってない。けど、過ちを償たいんだ。ロキ、連れてけ。」
テオがグリシャに嫉妬していたなんて知らなかった。
過ちを償たいのは俺も同じだ。
それに前のような冷たい目はしていない、だからきっとテオは信用できる。
長年、テオと一緒にいた俺の勘が告げている。
「テオ、一緒に来てほしい。」
俺はテオの手を握りお願いした。
すると、テオもしっかりと手を握りかえして熱い握手を交わした。
男はグリシャの元従者で、グリシャにここに逃げるよように言われたらしい。
男に王国の地図を書かせて処刑場までの道筋をテオが考える。
テオや引き連れて来た村人を合わせても俺達は10人程。
絶望的に思えたが、テオが監視の穴を見つけそこを攻め込むことになった。
やはりテオが仲間に加わってくれてよかった。
俺だけではどうにもならなかったのだから。
ただあまり時間がないため、早急に準備を進める。
服の中に隠せるように武器は弓、短刀のみだ。
その日が近づくに連れて俺達はピリついていった。
ともだちにシェアしよう!

