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【第一部】4
通学電車に揺られながら、俺はスマホに送られてきたファイルのタイトルを見ていた。
『鳥たちの飛ばない空』
三ツ谷の書いた小説だった。そんなに本気なら読んでみたいと思って、佐藤から送ってもらった(もちろん三ツ谷にも許可は取った)。
タイトルから、あんまり内容が想像つかない。暗い話だろうか。
俺は画面をタップしてファイルを開いた。画面いっぱいに文字が表示される。本当に小説だ。
――この国では、子どもは鳥が運んでくる。
冒頭の書き出し。そういえば、そんな話を聞かされてたこともあったな、と思う。
――この国には生殖行為がなかった。子どもたちは鳥が運んでくる。鳥が運んできた子どもをみんなで育てるのだ。
生殖。三ツ谷がそういうテーマで小説を書くとは思っていなかったので、正直かなり意外だった。クラスメイトたちはエロが大好きでそんな話ばかりしているけれど、三ツ谷がそういった話題に乗っていたイメージはない。
小説を読み進める。正直、普段授業とかで小説を読むのとはだいぶ違った感じだった。なぜなら、俺は作者を知っているから。どうしても、作中のセリフや展開に、普段のあいつを重ねてしまう。あいつがこういうものを書くんだ、という視点でそれを読んでしまう。
――その世界に、やがて鳥が来なくなる。鳥は上空を舞うばかりで、子どもを降ろしてくれなくなる。人々は空を見上げる。鳥がくるくる旋回している。
物語が進むにつれ、俺は三ツ谷がこれを書いたということをだんだん忘れていった。これからどうなるのか、話の続きが気になって、自然と指が動いていた。
――鳥が降りてこなくなって数年、人々は自らの手で子どもを作らなければいけないと決断する。
――かつてその世界では、そうやって子どもを作っていた。だけれど、それは争いのもとになることが多かった。だから鳥が運んでくれるようになって、人々は自然にそれをやめたのだ。
――長い空白の間に、人々の間から性別も属性も失われてしまっていた。そこにいた人々の体にはもはや生殖器がなくなっていた。それは喜ばしいことだったはずだ。なぜなら、それでこの王国は平和に保たれていたのだから。
電車が、学校の最寄駅に着いた。
俺は騒がしい教室にまだ行きたくなくて、ホームのベンチに座ってその続きを読んだ。
――その世界に、一人の若い子どもがいた。彼は忌み嫌われていた。なぜならその子には性器があったから。だけれどその子どもは一転、世界を救う存在になった。
そこで第一部は終わっている。
俺は視線を上げた。駅のホームには、電車から降りてきて学校に向かう生徒たち、電車に乗り込んで会社に向かう大人たち、列を整理する駅員。
俺はスマホの画面を消してポケットに突っ込むと、立ち上がって学校へ向かった。
教室に着くと、佐藤が「ちょっと」、と俺を廊下へ連れ出した。いつになく真剣な表情だ。どんどん教室から遠ざかっていく。人気が少ないところまで連れて行かれた。
「どうしたんだよ」
「なんか、噂になってるかも」
「何が」
佐藤は一瞬視線を逸らして悩んでいる顔をして、
「お前が、Ωだって」
そう言った。俺の心臓が一瞬強く跳ねて、跳ねて、すぐに落ち着いた。落ち着かせた。
大丈夫、大丈夫。覚悟はしていた。そんな俺の感情に気づかず佐藤は話し続ける。
「クラスのやつに急に訊かれたんだ、あいつΩなのか、って。なんとか誤魔化したんだけど――あ」
佐藤が俺の後ろを見ていた。振り返ると、三ツ谷が立っていた。
「お、おお、三ツ谷、どうしたんだよ」
佐藤が聞いた。不自然すぎる。こいつ嘘つくの絶対下手だな。
三ツ谷は気まずそうにしている。だから俺は佐藤の肩を叩いて、「とりあえず、お前は教室戻れ」と言った。
「あ、ああ、ご、ごめんな」
「謝んなって」
佐藤は戻った。その代わりに三ツ谷がきて、
「ごめん、聞こえちゃった」
そう言った。
「誰にも言わないから」
「好きにすれば」
「本当。約束する」
「勝手にしとけ」
ていうか、そもそももうバレてるかもしれないのだから、こいつがどうしようと関係ないだろう。
三ツ谷が困った顔をしているので、俺は話題を逸らした。
「そういえば、お前の小説読んだよ。まだ途中だけど」
ああ、うん、と三ツ谷はぼんやり答える。
「お前すごいな、あれ、面白いよ」
ありがとう、と三ツ谷は答えた。あんまり嬉しそうじゃなかった。誉くん、と俺に呼びかけ、何かを言いたそうにしている。
「ほら、もう教室戻るぞ」
そう言って、俺は振り返った。
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