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【第二部】3
登校すると、三ツ谷はクラスメイトと話していた。いつものように、へらへら、明るく喋っている。
席に着くと、篠木が話しかけてきた。今日の英語の宿題を見せて欲しいという話だった。
「たぶん今日俺の番なんだよ」
なのに篠木はすっかり忘れていたらしい。俺の前で両手を合わせる篠木を見る。今までも何度かこういうことがあった。だけどそういえば最近減っていたと思って、なんでだろうなと思って――その理由を考えるのはやめた。
「ほら」
そう言って俺がノートを渡すと、篠木はさんきゅーなぁと言って机に戻って、俺の和訳を丸写ししている。
すると佐藤がやってきて、「昨日、どうだった」と聞いてきた。ちらりともう一度三ツ谷を見た。今あいつは一人で何か本を読んでいた。
「盛り上がったか?」
盛り上がったかどうかは、どうだろう。あれを盛り上がったとは、たぶん言わないだろう。
「別に。普通」
「普通かー」
佐藤が言った。含みのある言い方だった。
「なんだよその言い方」
「え? いや、だって」
佐藤は怪訝な顔だ。え? お前今更何言ってんの? とでも言いたげに眉間にシワを寄せている。いや、それは俺のセリフだ。
「なんでもないっス」
佐藤は変な顔をしてそう言った。そのまま立ち上がった。
はぁ?
なんだ、あいつ。
視線で追うと、佐藤はそのまま三ツ谷のところへ行く。
「昨日どうだったー?」
飯、うまかった?
そう言ってるのが聞こえてきて、俺は慌てて立ち上がった。三ツ谷がどう思ったのか知りたくなかったから。椅子の音で返答をかきけして、そのまま飛び出すように教室を出た。
なにか変だ。なんでそんなことを今更気にするんだ。俺は昨日あいつに飯を奢って、それで借りを返した。それだけだ。それ以上は何もない。
したくもないトイレに言って、なんとなく時間を潰して教室に戻る。ちょうどチャイムが鳴った。俺の机の上にはさっきのノートが戻ってきていた。
英語の授業が始まって、本人の予想通り宿題の回答に篠木が指名された。
「じゃあ宿題な、今日はじゃあ、篠木」
本人の予想通り篠木が指名されて、あいつは堂々と立ち上がった。そして俺が訳した文をそのまま答えた。無事に終わって席に着くと、俺に向かって目配せしてきた。うぜえ。
「教科書読んでもらうか、じゃあ、三ツ谷」
はい、と三谷が立ち上がる。三ツ谷が英文を読み上げた。
「お前は発音が綺麗だな」
先生が三ツ谷を褒めた。いえいえ、と三ツ谷は手を振っていた。
俺はそんな三ツ谷を斜め後ろから見つめていた。三ツ谷の耳の後ろ側、黒く柔らかな髪の生えた生え際、顎のライン、そして首筋。今、三ツ谷のうなじはカッターシャツで隠れていた。あの日、俺の目の前にあったものを思い出す。
白い肌に浮かんだ、赤い俺の歯形。あの時刻み込んだ、俺の叫び声。
それを思い出すと俺の体が痺れた。俺は言い聞かせる。わかってるだろ、あんなものは意味がない。
あれはなんの意味もない。
ため息が漏れた。
そうだ、あれはなんの意味もないんだ。
――まぁじで助かった。これ、お礼な。
篠木が俺に野菜ジュースの紙パックを恭しく差し出す。これ、コンビニでおまけになってたやつだろ。都合が良いと思ったけれど、別に拒否する理由もない。はいはい、と言ってジュースを受け取った。
ストローを刺してジュースを吸う。
篠木は黙って俺を見つめている。
「……なんだよ」
いや、何も。
篠木は答える。
「あっ、ゴミ、お捨ていたしますっ!」
わざとらしくそう言って、飲み終わった俺の手から紙パックをもぎとってゴミ箱へ持って行った。なんだかな。
篠木を見送っていると、
「誉くん、これ」
珍しく三ツ谷が話しかけてきた。そして俺に何か差し出す。受け取ると、新聞だった。
「まだ正式には出てないんだけど、先に渡そうと思って」
ああ、密着取材の。
俺はへなっと曲がった新聞を起き上がらせた。一面に大きく写真が印刷されている。うわ、と思う。それは俺の写真だった。
拳を軽く突き出して、強気に笑みを浮かべる俺。
『見事優勝を果たした剣持誉選手』。
「いい写真でしょ」
珍しく、三ツ谷が自信まんまんに言う。俺はその写真を見た。確かに、いい写真だ。これは控えめに見ても確かに魅力のある写真だ。それは俺が被写体だからというのは関係ない(別に俺はナルシストじゃない)。だけど、そこに写っているのは間違いなく俺だから、やっぱり素直に褒めにくい。
でも俺は、しばらくじっとそれを見ていて――
「あ、新聞できたん?」
佐藤が横から割り込んだ。
「俺にもちょーだい」
わ、めっちゃいい写真。誉、超かっこいいじゃん。
新聞を見た佐藤が言った。俺は余計恥ずかしい。でも、これは確かに、人生で一番かっこいいと思えるくらいにいい写真だった。
「このあと柔道部のみんなに配るんだ」
「え、配って回るの?」
うん。と三ツ谷は答える。
俺と佐藤はぽかんとして、
「お前、そしたら部活来てまとめて配ればいいだろ」
三ツ谷もぽかんとして、
「あ、――そっか。ほんとだ」
そう言って笑った。
「そしたら俺から部長に連絡しとく。今日でいいか?」
「あ、誉くんありがとう。うん、それで大丈夫」
「みんなもなんか、三ツ谷がいないと物足りないって言ってるよ」
「一年とか喜ぶんじゃないか。お前が久しぶりに来たら」
「そんな、照れるなあ」
「このまま入部しちゃえよ」
「えー」
三ツ谷は笑いながら顔をしかめる。
「絶対、本当に入部した途端に態度変わるんだから」
それはそうだな、と俺と佐藤が声を揃える。
「ほらー」
三ツ谷はそう言って笑いながら席に戻った。
俺は手元にある新聞をもう一度見つめた。写真の中の俺が拳をこっちに突き出している。
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