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【第二部】5
「お前、デートしてたな」
見ちゃった、と佐藤が言った。
はぁ? なんのことだと思って、
「昨日、帰り」
言われて、三ツ谷と帰ったことを思い出す。まさかこいつ、そのことを言ってるのか?
「馬鹿なこと言ってんなよ」
心底呆れて、俺は無視して体操着に着替える。
あれがデートなわけがない。三ツ谷だってそう言われたら不服だろう。そう思って、なんとなくあいつの方を見た。相変わらず、仲良しと楽しそうに話してじゃれている。
体育〜と鼻歌を歌いながら教室を出ていった佐藤のあとを追った。今日は体育館でバスケだ。
俺も佐藤もガタイの割に動けるタイプなので、パスがどんどん回ってくるし、積極的に動いた。佐藤にボールをカットされて、飛び掛かろうとしたとき、試合終了の笛が鳴った。
いえーいと横で言う佐藤を無視して、二人で得点ボードの係をやる。コートに三ツ谷が入った。あわあわどんくさい動きをしている。
あーもう、今そこにいたらダメだろ。
パスが回ってきて、ぼんやり立ち尽くしてボールを奪われる。
あいつ、ほんと、もう。だめだめだ。
佐藤に言った。佐藤は黙々と点数を記録している。
そうしていると、たまたまか、誰ももはや守備の必要を感じなくなったのか、あいつは一人すごくいい位置にいて――さすがに味方もそこにパスを回した。ひゅっと手元に来たボールを、呆気に取られて三ツ谷は見ている。
「ほら、シュートだ!」
俺が言う瞬間、三ツ谷はくるりを身を翻してボールを放った。あいつはお手本なんじゃないかというくらい綺麗なフォームで、ボールをすっとゴールに放った。
瞬間、三ツ谷のうなじが見えた。
体操服と生え際の間、あいつの白いうなじ。体育館に注ぐ日の光を、汗で照り返すそのうなじ。
そこは真っ白だ。そこには、もうなんの痕も残っていない。
三ツ谷の手から放たれたボールは、重力なんて気にしてませんみたいにひゅるっと宙を飛んでいく。
俺は思った。何も残らなかった。俺はあんなに強く噛んだのに。何も。
――あれは無意味だったんだ。
あいつのボールは少し軌道が外れて、リングに当たって嫌な音とともにこぼれていった。
「三ツ谷おしいー!」「残念ー!」
クラスメイトがはしゃぐ。
俺は首をかいて、黙って視線を落とした。俺は、三ツ谷の方が急に見れなくなった。歯を食いしばってあの日の感触を思い出そうとしたけれど、あのときは朦朧としていたので記憶も曖昧だった。なくなってしまうかもしれない。俺のあの日の、あのときのあの焦りが、消えてなくなってしまうかもしれない。
俺があのとき抱いていたあの感情。
それがついにわかった。だけどそれが認められなくて、黙って俯いていた。
あのとき俺は、なんで三ツ谷のうなじを噛んだのか。
「得点! ちゃんとつけろよ!」
さぼんな! と先生に怒鳴られて、
「体調悪いんで! 早退します!」
俺は怒鳴り返した。
俺の突然の大声にみんなが呆気に取られていて、俺はんなもん知るかと体育館を飛び出した。
ロッカーについて誰もいない場所で一人で着替える。頭の中に、あのうなじ、綺麗なうなじが残っている。そして、それは俺の中で消えそうに掠れていっている。
廊下を早歩きで歩いて、下駄箱で靴を履き替えて外に出た。校門の守衛が怪訝な顔で俺を見たけど強行突破した。
校門を出て空を見上げた。まだ秋は来ていないその空は、青くて綺麗だった。
馬鹿げている。
俺は歩いて駅に向かった。馬鹿げている。俺は悔しかった。どうしようもなく。あいつのうなじに何も残っていないことが悔しかった。そのわかりきっていた事実をあらためて突きつけられて、悔しかった。悔しがっている自分が、悔しかった。
初めてのサボりだ。
俺はガラガラの電車に乗り込んで椅子に座って、まだ明るい外の景色をぼんやり見た。
――ちくしょう。
思わずつぶやいた。悔しい。俺があいつを好きだなんて。
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