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【第二部】8
ボウリングに行こうと佐藤に言われた。部活がオフの日にボウリングなんてめんどくさいことしたくない、と言って断ったが、本当にいいのかなあ? なんて意味深に言われて、あいつはマジでなんなんだとイライラしながら待ち合わせに向かったら三ツ谷がいた。
「あ、誉くん」
はぁ?
三ツ谷は私服。この前みたいにかしこまった感じじゃない、割とラフな感じの私服。
え、なんでお前がここに。
口にできない疑問に、三ツ谷が自ら答えてくれた。
「ボウリング、久しぶりなんだよね。うまくできるかな」
俺は周囲を見回した。佐藤はまだ来ていない。あいつ、そういうことか。なるほど、やるじゃん。
「佐藤くん遅いね」
いっそこのまま来なくていいと思ったけれどさすがに来た。
「ごめんな」
お前がセッティングしてくれたのにな。来なくていいわけないな。俺が謝ると、
「何が?」
佐藤は気にせず、いくぞ〜と俺たちをボウリングへ連れ出した。
ボウリング場についてシューズを借りて、さっそく三人でゲームを始める。三ツ谷は最初こそ散々な成績だったが、飲み込みが早いのか、どんどん球が良いコースを描くようになった。一球ごとに真剣に分析しているからだろうが、あまりに真剣なので、
「お前、そんなマジにやってると疲れるぞ」
俺は思わずそう言った。
「え、あ、うん。そうだね」
言いながら、じっと佐藤が投げるところを見つめている。聞いてねえ。
確かに佐藤はずいぶんと上手かった。たまに一人でやってるらしい。暇だな。俺はおそらく、平均的な成績。
三ゲーム目。三ツ谷がそこそこストライクを出せるようになった頃、スマホを見ていた佐藤が言った。
「楓ちゃんに呼び出されちゃった」
わりぃな、あとは二人で楽しんで。
そう言って佐藤は逃げるように撤退した。あまりに唐突で、そして自然すぎて、俺のためなのか、それとも本当に呼び出されたのかわからなかった。
あいつ、あんなに嘘うまかったか?
「行っちゃったね」
モニターを見る。まだ半分くらいゲームは残っている。
「どうしようか」
そう訊く三ツ谷はだいぶ疲れているように見えた。鍛えてないから、仕方ない。俺ですら慣れない動きで若干腕が痛くなっている。
「そろそろ、疲れてんじゃねーの」
三ツ谷はへらっと笑った。否定はしなかった。うん、疲れてるな。
――疲れたから僕帰るねって言い出したらどうしよう。
「これ終わったら、他のことやろうぜ」
俺はなかば強制的に言う。
ゲームの残り、佐藤の分までとりあえず俺が投げて、ボウリングは終わった。三ツ谷は最後にストライクを連続で出して、嬉しそうにはしゃいでいた。
ボウリング場を出る。ボウリング中は交互に投げていたのでそこまで喋らなかったけど、もうさすがに会話しない訳にもいかない。
三ツ谷と二人きり。何を話せばいいんだ。あのレストランでいろいろ話したことを思い出す。あれはなんだったんだ。あのときと違って、今二人の間に騒音が満ちている。コンビニから流れてくる宣伝の声とか、カラオケの呼び込みとか、どこかの政治家の演説とか。落ち着いて話なんてできる空気じゃなくて、俺たちはただ黙って歩いた。
「何しようね」
三ツ谷が聞いてきた。ようやく少し空気がほどけて俺は訊いた。
「なんかやりたいこととかあるか」
うーん。三ツ谷は悩む。歩きながら周囲を見回した。よくあるゲームセンター、店頭にクレーンゲームが並んでいる。
「ゲーセン行く?」
言うと、三ツ谷は頷いた。
「僕、クレーンゲームやったことない」
「やんなくていいよ、取れないから」
「そうなの?」
「そう。そんなもん」
少なくとも俺は取れたことはない。
中に入った。がしゃがしゃやかましい空間に、人気なキャラクターとかのぬいぐるみとか、大きいサイズのお菓子とかのクレーンゲーム。
「なんかやりたければ言って」
と言ったら、三ツ谷の後ろを女子高生が通り過ぎた。彼女は大事なものみたいにサメのぬいぐるみを抱きしめていた。かなり大きめのサイズのそれは、黒くてつぶらな瞳で、抱きしめられて潰れていた。
二人で回りながら、あれはどこにあるんだろうとなんとなく探した。見つからなければそれでよかったけれど、偶然にもそれに辿り着いた。
俺がそれを見ていると、「これ、かわいいね」三ツ谷が言って、俺はそれにしれっと乗っかった。
「ちょっとやってもいいか?」
「もちろん」
財布から小銭を取り出して三枚投入する。一回でこの値段か。
レバーを掴んでクレーンを動かした。やるときは真剣にやる。横から覗いたりして、なるべく重心を掴むように意識する。そうすればきっと、クレーンはこいつを掴んで離さないはずだ。
降下ボタンを押すと、変な効果音を立ててクレーンが開いて下がっていく。クレーンはサメをがしっと掴んで、無理ですってあっさり手放した。サメはほとんど移動せずもとの場所に戻ってしまう。ぐだっとまた天井を見ているサメを見て、
「じゃ、次行くか」
「え、もうやめちゃうの」
「こんなん、やりだしたらキリないぞ」
こういうのは大体一回やってダメならとれないんだよ。
諦めがいいのは大事なことだ。そう言うと三ツ谷は悩んで、
「僕もやる」
「え、なんで」
「せっかくだし」
よくわからないことを言って、三ツ谷は金を投入した。いいって、と言ったけど、もうお金いれちゃったし、との返答。それはそうだ。
よーし、なんて言って、三ツ谷も真剣な顔だ。制限時間ギリギリまで悩んで、レバーを何度も操作する。微調整に微調整を重ねる。ああ、これなら確かに、ちゃんと重心が掴めそうだ。
時間切れになってクレーンが操作を打ち切って、また変な音を立てて下がっていく。
クレーンがしっかりと重心を掴んだ。サメがわずかに揺らぎながら持ち上げられて、浮き上がる。
「おぉ、おー!」
三ツ谷が声を上げた。俺もそれを見つめていた。サメはそのままクレーンと一緒に移動して、ぼたっと設置された穴に落ちていく。三ツ谷はやった! と喜んで俺に両手を差し出した。俺も思わずハイタッチして、急になんだか気まずくなった。三ツ谷は気を取り直してサメを取り出して、俺に差し出した。
「はい。あげる」
「え、いや」
「いいから。はい。この前のお礼」
いや、あのときお礼をされることは何もしてないし、そもそもあれ自体借りを返すためにやったことなのに。
「そんなの気にしなくていいのに。誉くんは真面目だね」
いや、でも。
「はい」
ぐいっとぬいぐるみを差し出して強引に抱きしめさせた。自重に耐えられず若干首を傾けたサメのプラスチックの目が俺を見つめていた。
「あ、そうだ。じゃあ、この前のあの小説。最後まで完成したら読んでよ」
また、それでおあいこ。
そう言って三ツ谷は歩き出す。俺はサメを脇に抱えて歩き出した。何人かの女子高生がそんな俺を見ておかしそうに笑っている。
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