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【第二部】9

 放課後の図書室、俺は三ツ谷の小説を読んでいた。三ツ谷は校内をぶらついているはずだ。集中して読みたいからとあいつを追い出した。  ――『光』。あの画家の話だ。  光を描こうとして挫折した画家は青年と出会う。青年は明るく人当たりが良い。ダンサーだった青年は、踊りを画家に見せたいという。  夜の公園に画家は向かう。画家は素晴らしく美しい踊りを見せてくれるのだろうと思って。  公園の街灯のもと、青年が踊り始める。その踊りは、画家の予想していたものではない。活気に満ちて、見るものを勇気づけるものではない。悲痛で、苦しみに満ちたものだ。そして画家はそれを見て、自分の中に小さな火が灯るのを感じた。それは目がくらむような眩しい光ではない、今にも消えそうな小さな灯だ。それでも、画家はそれを心から眩しいと思う。  光を描くこと、それは光っているものを書けば良いわけではないということ。そして、影を描くということでもない。  それはもっと違う、人々の心を照らす光を描くということ。  いつの間にかあいつが戻ってきた。測ったかのように、俺が読み終わるタイミングで。 「面白かった」  ここの表現とかすげえ好きだ。  ――おそらく彼は、見るものの心を正しく奮わせる踊りができる人間なのだろう。だけどこの今の目の前の踊りは、彼の心からの叫びのように見えた。それは私のためにそうしているのではないだろうと思えた――彼の本質がここにあると思えた。これが彼の姿なのだ。 「この、次」  ――少なくとも、彼は私にそう思わせた。私にとって重要なのは、それだけだった。 「ここ。良い」  思わず赤線を引いてしまった。 「ここ、すごく想像を掻き立てる」 「ちゃんと読んでくれてる」  三ツ谷は感動している。 「当たり前だろ」 「やっぱり、誉くんは真面目だ」  三ツ谷が俺を見つめた。  あ、今なら言えるかもしれないと思って、口からこぼれ出ていた。 「俺、お前が好きなんだよ」  するするっと引き出されるように。 「付き合ってくれ」  あまりに自然すぎたせいで、断られる気が全然しなかった。自然にこのまま俺たちは付き合えるんだな、俺にはそんな未来が見えていた。  なのに三ツ谷は言った。 「ごめんね」  世界が終わったかと思う。そもそも始まってなかったのかもしれない。俺の世界。どっちの意味だ。俺のじゃないんだ。世界は俺のものじゃなかった。あらゆる意味でだ。  地元まで、どうやって帰ったのだろう。気がついたら俺はファミレスのテーブルにぐったりと力なく突っ伏していた。このまま溶けてしまいたかった。 「あ、すいません待ち合わせでー」  と馴染みのある声が聞こえて、 「わ、どうしたんだよ誉」  呼び出した佐藤がやっと来た。テーブルで溶けてる俺を見てびっくりしていた。  俺は机につっぷしていた顔だけを、テーブルわきに立っている佐藤に向ける。  振られた。  そう言うと、 「え、告ったの。そんであいつ断ったの」  佐藤がダブルで驚く。佐藤、俺に現実を突きつけないでくれ。そうだ、俺は告って振られたんだ。  消えたい溶けて消えたいこのまま俺は消えてなくなりたい。  顔をテーブル向きに戻した俺。塞がった視界に、 「そう、かぁ」  正面に座った佐藤の声が聞こえた。  やっぱり嫌われてたんだ。だって俺はあいつが嫌いだったから、三ツ谷も当たり前に俺のことが嫌いだったんだ。 「それはないと思うけどなあ」  佐藤がフォローするけれど、でも現に振られたじゃないか。だからそのフォローには何の意味もない。  悲しすぎる。  佐藤は慰めの言葉も見つからないのか、机に突っ伏する俺を無視して、テーブルの端末で何かを注文した。しばらくすると山盛りのポテトが届いた。どいつもこいつもファミレスでポテト以外注文するものはないのか。俺はむかむかした。油のにおいがますます俺をむかむかさせた。  ちくしょう。  そう言いながら俺は起き上がってポテトをむさぼりくった。  ああ、振られてしまった。人生初の失恋だ。  しかもその相手が三ツ谷だなんて。  本当に俺はださい。

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