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【第二部】10

 学校に着くと三ツ谷がいた。三ツ谷は相変わらずいつも通りだ。佐藤が「おはー」と挨拶して、三ツ谷がそれに返事をしている。でも俺はあいつの方が見れない。当たり前に気まずかった。きっと三ツ谷もそうだろうと思ったから、俺は何も言わず席に着いた。  もともとそんなにコミュニケーションしていた方でもない。だから、なんとなく少し距離を取れば、そのまま簡単に離れることができた。佐藤が何か言ってくるかもと思ったけれど、さすがに何も言ってこない。  部活も集中できなくて、部長に何度か怒られた。俺が明らかにしょげて見えるのか、最終的に心配された。  家に帰ると、ベッドの上のサメのぬいぐるみが俺を出迎える。  さすがに、仕舞うか。  でも、それもなんだか悲しい。サメのぬいぐるみは最近もう当たり前にそこにいたから、いなくなったらそれはそれで気になるだろう。それも悲しい。  どうしていいのか結論が出なくて、そのままなんだか部屋の掃除を始めてしまう。リフレッシュできるかと思ってだったけれど、だんだん本気で片付けてしまう。それをサメは見守っている。  引き出しの中を整理しようと開けたら、あの新聞が出てきた。  うわ。  またあの俺の写真。俺はそれを見た。  視線が言葉を持つことを俺は知っていた。誰かが自分を見ているとき、それは何かを伝えてくる。そしてこの写真も、俺をまっすぐ見ていることを伝えている。そして俺のことをどう見ているか、わかる。  それは多分、いや、絶対、嫌いだと言っていない。  俺のことを嫌いだったら、こんな写真はきっと撮れない。  俺は険しい顔でそれを見た。  ――そう、だよな?  俺はベッドに座って、サメのぬいぐるみをももの上に載せて、その上にスマホを握った腕を乗せて、あいつにメッセージをした。  なんでもない、あんなことはもう気にしていないという風に見られるように、精一杯自然に。  ――よう  ――部屋掃除してたら、あの新聞出てきた  ――そういえば、この写真のデータって持ってるか  ――いい写真だから、手元にデータが欲しい  それだけ一気に打つと、ぽいっとベッドにサメとスマホを放り投げて掃除を続けた。掃除が七割くらい終わって一息つくと、スマホにメッセージが届いていた。  ――送るね  ――いい写真だよね。すごく気に入ってる  そして、写真のデータが送られてくる。  ――やっぱり、諦められない。  どうしてあいつが断ったのか、わからないから。納得できないから。  少なくともあのやりとりからは、俺を拒絶する空気が感じられなかった。  朝登校して、「おはよう」と三ツ谷に言った、三ツ谷は普通に返事してきた。佐藤と一緒に普通に話しかけた。普通に返事が来た。  翌日も、その翌日も、三ツ谷は俺に普通に接してきた。気まずさなんて微塵も感じていない風だった。俺はよくわからなかった。こいつは一体何なんだ? 「なあ三ツ谷」 「ん?」  昼休み俺が呼びかけても、なんでもないみたいな顔だ。  今日、一緒に帰ろうぜ。  そう言っても、うん、帰ろうと返事された。意味がわからない。  放課後、三ツ谷は教室で待っていた。俺は教室に辿り着くそのときまで、もう一度告白したいけれど、するとしてもまだ先だろうと思っていた。だけど、教室に入って、机に座る三ツ谷の後ろ姿を見て、三ツ谷がたまたま首筋をさすっていて――俺はやっぱり、あいつの気持ちを確かめないとと決める。 「三ツ谷」  呼びかけると、ゆっくりと振り返る。 「あ、誉くん。行こっか」 「わりぃ、ちょっと待ってくれ」  教室には俺たち以外誰もいない。  俺の雰囲気が伝わったのか、三ツ谷は緊張した様子だった。そして、目に見えて表情が曇った。  言わない方がいいのかも、と初めて思った。だって、実際に一度断られている。  大丈夫。絶対に大丈夫。言い聞かせて、俺は声を振り絞った。 「なあ、三ツ谷。やっぱり、俺お前のこと好きだよ。一緒にいてほしい」  三ツ谷は俺を見つめて、見つめて、見つめて目を逸らした。  その果てに待っていた言葉。 「ごめん、……無理、だよ」  その言葉に、俺の頭に血がのぼった。俺は三ツ谷に歩み寄って、肩を掴んでこっちを向かせた。  すごく強く握ってしまっていると自分で分かって、頭のどこかでそんなことするなよって声が聞こえたけど構ってられなかった。 「なんでだよ、どうしてなんだよ、なんで」  三ツ谷は俯いたままだ。 「こっちを見ろよ!」  顔を上げた三ツ谷は泣きそうだ。これじゃ俺が脅しているみたいじゃないか。 「どうしてなのか、ちゃんと教えてくれよ。俺のことが嫌いなのか?」  三ツ谷は首を振った。 「じゃあ、どうして」  それから三ツ谷は絶望的なことを言った。 「僕がαで、誉くんがΩだから」  耳を疑った。俺は信じられなかった。どうしてそんなことを言う?  こいつが、よりによってこいつが。 「……俺がΩで、お前がαだから」  俺の口が震えた。情けない声が出た。 「だから俺がお前を選んだって言いたいのか? お前はそう言いたいのかよ」  あいつみたいに、適当にピースをはめたと思ってるのか?  そんなわけないだろ。  そういうのは、俺はどうでもよかったんだ。俺は、三ツ谷がαだろうがβだろうが、Ωだって――どころか、宇宙人だって、ここじゃない世界の住人だって構わない。  こいつだってそれをわかってくれていると思っていた。  でも、  ――誉くんがΩで、僕がαだから。  三ツ谷の今の言葉が頭の中で響いている。  俺はそれに反論できない。だって、それは事実だからだ。三ツ谷がαで、俺がΩなのは、事実だ。  それは変えようがない。  だから、俺がどんなにそういう理由じゃないと思っていても、それが絶対に違うって言い切ることは、多分できない。  俺は三ツ谷の方を見ていたつもりだけど、焦点が合わなくて、自分がどこを見ているのかわからなかった。  俺は言った。 「三ツ谷、お前はαで、俺はΩだ」  それは、変えられないんだ。  きっと俺は、だからあのときお前のうなじを噛んだ。世界を変えたかったから。  でも、それは変えられない。俺はあのときそれを知った。  俺は知っている。それは変えられないんだよ。あの時、うなじににじんだ三ツ谷の血。そして今、それがお前から消えているということ。それが、証明だ。  だけど俺は聞かずにはいられなかった。 「三ツ谷、ちゃんと答えて欲しい」  三ツ谷がこちらを見る。黒目が潤んでいた。 「俺がもしβだったら、お前は……俺と付き合ってくれたのか?」  三ツ谷は黙って、唇を強く結んでいた。小刻みに震えたその唇が小さく開いた。 「そう、だね」  頭が急に冷めた。そうか。お前がそれが理由で俺からの告白を断るのなら、それはきっと運命なんだ。  だって俺たちは、αとΩだから。お前がそれが理由で受け入れられないなら、それは、どうしようもない。  そうしたら、俺にできることは一つだけだ。  俺は、お前を諦める。  諦める以外、何もできない。  涙が出た。ぼろぼろこぼれた。三ツ谷が泣いている俺を見て、ちゃんと悲しそうな顔をした。そして目を逸らした。  どうしてだよ。  悔しい。  こんなに好きなのに。  きっとお前だってそうなんだろ? お前も俺をそう思ってくれてるんだろ? だから、そんな顔してるんだろ?  でも、それが理由なんだ。その、変えられない俺たちの属性が理由なんだ。  ――だったら、もう無理だ。  俺は三ツ谷の細い肩から手を離した。ああ、強く握りすぎてしまった。痛くなってないだろうか。俺、我慢できなくて、ごめん。  俺は、しっかりと言った。 「俺は、諦める。お前のこと、諦める」  そう自分に言い聞かせた。あふれる涙を強引に腕で拭って、それから三ツ谷に告げた。 「ごめんな。悪かった、もうこのことは忘れてくれ」

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