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【第三部】3

 電車に乗りながら本を開いた。  表紙に印刷されたタイトルは、『神様は優しくない』。俺は思わず笑った。きっとそれは、すごく嫌味に見えるタイトルだろう。三ツ谷がそんなことを言えるようになったことが面白かった。  その本は短編集で、三つの作品が収録されていた。どれもふた文字のタイトルで、そんなに長くなさそうだった。  最初の、『王国』という作品のページをめくる。  ――神様は優しくない。神様は運命を与えてくれない。  俺の手が止まって、目が次の行に進んだ。  ――与えられたと思っている運命は、ただの偶然に過ぎない。   三ツ谷の顔が浮かんだ。三ツ谷はどういう気持ちでこの文章を書いたのだろう。  次の行。  ――だけどそれは、だからこそ変えられない。           *  知らない街に着いて、佐藤に言われた住所に向かった。駅から徒歩七分、単身者向けの、オートロックもない古びたマンション。  少なくとも、超エリートサラブレッドの住む物件ではない。  俺は年季の入ったエレベーターで四階へ登る。  目的の部屋。チャイムを鳴らしても返事はない。人の気配もなく、どうやら留守のようだった。とはいえ、帰るという選択肢なんてなかった。なので、そのままそこで待つことにした。  秋だ。もうだいぶ肌寒くなってきた。俺は大学柔道部のトレーナーの袖を指でひっぱって、俯いて息を吐いた。  あいつがしていた、ボートの話を思い出した。その立派なボートは今、波打ち際でゆらゆら揺れている。多分、三ツ谷はちゃんとボートを降りたんだ。  だけど、みんながそのボートを指さして騒いでいる。お前は途中まであのボートに乗っていただろって言っている。お前はずるをした、楽をしただろって言っている。  そしてきっと、今もあいつがずるをしていると思っている。  何かを手にいれる努力も、何かを捨てる決断も、あいつはちゃんとしてるのに。誰もそれを認めてない。  遠くの方から、夕方の時報が聞こえた。三ツ谷は毎日、これを聴いているんだろうか。あいつは毎日この家に帰ってくる。俺の知らない街の、この知らないメロディーを聞く。それはきっと、俺の知らない三ツ谷だ。でも、そもそも俺は三ツ谷のことをちゃんと知っていたんだろうか?  空は赤く染まり終わって、徐々に落ち着く紺に変化していっている。すぐに暗くなるんだろう。  視界の端、エレベーターが動いて一階に下がった。そして、ゆっくりと上がってくる。  俺はじっとそれを見つめていた。エレベーターに合わせて、階数表示の数字が増えていく。そして数字が四で止まって、扉が開いて、男が出てくる。  男は俯いてポケットから鍵を出している。  少し髪の毛が伸びて、少し顔つきが大人びて、両手に下げた買い物のビニール袋に野菜を詰めたその男は、三ツ谷世界だ。  三ツ谷は部屋の前にいる俺に気がついて視線をあげて――そして俺の顔を見て立ち止まって、それから泣いた。

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