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【第三部】4

 玄関を入って、靴も脱がないまま、ビニール袋を放り出して三ツ谷はずっと泣いていた。俺は三ツ谷を抱きしめ続けた。三ツ谷はずっと何も言わない。 「久しぶり」  そう言ったら、こいつはもっと泣いた。 「どうして、」  三ツ谷は泣き声の中にようやくそれだけ言った。 「どうして」  胸元にある三ツ谷の頭を撫でながら俺は言った。 「俺、ちゃんとわかってなかったよ。お前のことも、お前の気持ちも」  わかったつもりになってただけだった。だって、あれは、あのときのお前の決断は、 「ありがとな、俺のためだったんだな」  三ツ谷は顔をあげ、俺を見上げてまた泣いた。  俺がこいつと付き合ったら、たぶん俺はいろんなことを言われる。根も葉もない、くだらない言葉を、俺を傷つけるために用意した素敵な言葉をいっぱい投げつけられる。  ――幸せになれて、よかったね。  ――すごく恵まれた人と、一緒になって。  ――すごく幸せでしょう? そんな人が相手なら、あなたはとても幸せでしょう?  ――いいなあ、運が良いね、そんな人に出会えて。  ――でもそれは、あなたが選ばれたのは、  ――あなたがΩだったから。  事実がどうであれ、人はその話に俺を当てはめる。その物語に俺を押し込んで、俺はただのΩから、『すごく運の良いΩ』になる。 『ずるいΩ』になる。  ――あなたがΩだから。  俺がそう言われたくないって、こいつは一番知ってるんだ。 「誉くんをあのボートに乗せたくなかった」  俺の胸元に顔を埋めて、絞り出すように三ツ谷は言った。 「そんなのは、つらいのはお前だけで十分だって?」  馬鹿にするなよ。  俺が言うと、三ツ谷は顔をあげた。 「馬鹿にするな、ふざけるなよ」  もう一度言った。でも、あのときの俺はちゃんとわかってなかった。だからやっぱりあのときの俺は、ちゃんと馬鹿だったんだ。 「ばか野郎」  三ツ谷を抱きしめて、ぐいとその頭をかき抱いた。髪の毛に口をあてて、頭に響かせるみたいに話しかける。 「俺がΩで、お前がαで、それは変えられない。この世界は変わらない」  三ツ谷の体が強張った。 「でも、お前は俺の例外なんだ」  例外?  三ツ谷が訊く。 「そう、例外だ。規則から外れた、普通じゃない存在。それがお前なんだ」  特別でも変なやつでも、唯一無二でもなんでも、とにかく、そういう存在。 「それで、思ったんだ。俺たちもそうなればいいんじゃないかなって。俺たちは確かにαだしΩで、それは変えられない。そんな世界も変えられないんだとしたら、俺たちにできるのはきっとそんな世界の例外になることなんじゃないかって」  何かの統計をとったとき、但し書きがつくみたいな存在。  こいつらは無視しろって言わなきゃならない、無視できない存在。 「二人でそういう存在になろうぜ。わかってる、たぶん、すげえ大変だけど。でもそれは、何かを捨てるでも手に入れるでもないんだ。俺とお前なら、それができる」  これが俺の出した答えだ。 「きっとそれなら、お前も誰かのおかげじゃない、自分のものだって思えるはずだ」  三ツ谷は黙っている。ぐす、と鼻をすすった。でも、その目に少し光が見えた。 「やっぱり、俺は諦めたくないよ。――お前も、そうだろ?」  三ツ谷の頭が、俺の胸元で縦に動いた。

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