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4話 暑い日
それは一番暑い日だった。
「俺、尚稀の事好きなんだけど、真剣に付き合ってくれない?」
いつもの境の隠れ家である、屋上に通じる階段の踊り場。屋上には鍵が無いと入れないし、ちょうど階段の壁で死角になる人気の無い場所。何度もそこを訪ねて、境と他愛もない話をして来た。
一目惚れだった。入学式に、一人だけやたらと目立つ金髪。式が終わって早々に生徒指導室に呼び出されていたが、その髪色と似つかわしくない心細そうな表情。その日から、境尚稀とはどういう人物なのか知りたくて堪らなかった。
入学してしばらく、教室にいる事の少ない境を探して、クラスメートに居場所を知らないか聞いては校内を歩き回っていた。
そしてやっと見付けた隠れ家。最初のうちは何度も追い返されたが、毎度毎度やってくるので追い返えすのも面倒になったのか、いつの間にか隣にいる事を許してくれた。決して言葉数は多くないけれど、俺が喋ると返事をしてくれる。それだけで毎日が楽しくて仕方なかった。
だが、境にとってはただのクラスメートだし、男同士だから、スキンシップはできない。うっかり可愛いと言ってしまった日には怒って口も聞いてくれなかった。
俺はどんどん、境を好きになっていった。境に触れたい、愛してると伝えたい。
けれど、境にとっては裏切りだと感じるだろうか。そうだとしても、俺は上辺だけの友人では満足できなくなってしまった。こっぴどく振られたっていい。この心地好い時間が無くなってしまったとしても、俺はその先を求めるよ。
その夏、一番暑い日、俺は境に告白した。
「⋯⋯俺の何がいいの」
境はしばらく考えてから、そんな言葉を返してきた。幾つも想定していた言葉の中にはそれは無かった。
「何がって言われるとな、正直に言うと一目惚れだったから、どうにかしてお前に近付きたかった。友達だと思ってくれてたかもしれねぇが、俺はずっと恋愛としてお前を好きだった」
境はまた考え込んでしまった。まぁ、男の友達に告白されればそうなるか。
「つまり、エッチしたい方の好きって事?」
いきなりの言葉に心臓が飛び出るかと思った。
「単刀直入に言えばそうだ」
「お前、女の子にモテそうなのに勿体ないな」
それはどういう意味で受け取ればいいんだ?
「俺と付き合ってもお前に得は無いと思うけど?」
「好きに得も損も無いだろうよ。俺は女より誰より、お前が好きなんだから」
「ふーん。俺、お前抱くの無理だから、逆ならいいけど」
俺も抱かれるつもりは無かったが、無理って言うのは男だからだろうか、体格差の事を言ってるのだろうか。
「それは俺がお前を抱くのなら、男でも付き合っていいって捉えて良い?」
「まぁ、そうだな」
何気なく話してるが、かなりすごい会話をしているんじゃないだろうか。つまり、付き合うのもオッケーで、抱いても良いと。
「これからスキンシップ増えるけど耐えられる?」
ずっと我慢していたんだ、抱く抱かないの前に、少しくらい触れさせて欲しい。
「別に、嫌だと言った事は無い」
確かに、俺が聞いた事ないんだから、返事もした事ないよな。
もしかして、好きなのは俺だけじゃなかった⋯⋯?
「なぁ、今キスしても良い?」
「そういうのはスマートにやれ」
両思いだと思って良いと、確信できた。
誰にも見られない隠れ家で、俺達は初めてキスをした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
誕生日だからと、軽く酒を飲んだら尚稀が完全に退行してしまった。
俺と尚稀はどちらも七月生まれなので、纏めて祝おうという流れになり、ピザのデリバリーを頼んだり、コンビニで酒を数本買って飲んだりしていた。以前にも一緒に酒を飲んだ事があるので、お互いさほど酔わないのを知っていての事だった。
しかし、今日は尚稀がどんどんぐにゃぐにゃになり、遂には退行してしまったのだ。
「つかしゃおにいちゃん」
何故か、同い年の恋人にお兄ちゃんと呼ばれる事態になる。
「尚稀くん、どうしたのかな~?」
仕方ないので、口調も合わせてみる。
「おしっこ!」
「うん? おトイレ行きたいの?」
尚稀は普段から便所の申告はしないので、少し意外だと思った。
「でた!」
満面の笑みで言われると力が抜ける。酔うと恥ずかしい事も口に出せる様になるのか?
「そうか、じゃあおむつ替えような」
「うん!」
尚稀をラグの上に寝転ばせ、おむつを脱がせると丁寧に拭いて行く。新しいおむつを穿かせて、起き上がらせたら完成だ。
「よし、気持ち良くなったね~?」
「つかしゃ、ありがと!」
「どういたいまして。ところで、尚稀くんは何歳なのかな?」
「五しゃい!」
ご丁寧に片手をパーにして、満面の笑みで言っているが、五歳はもう少しお兄さんだと思うぞ。そこで、これが酔った体で行われてるお遊びなのだと気付いた。おそらく本当は酔ってはいない。酒で誤魔化せると思ったのか、甘えたいストッパーが外れてしまったのか。
どちらにせよ、しばらくの間は赤ちゃん尚稀のお世話を焼く事になるだろう。
「なぁ、尚稀くん。そろそろ苦いやつは止めて、こっち飲まない?」
こっそり準備したホットミルク入りの哺乳瓶を見せると、尚稀の顔がキラキラと輝いた。
「のむ!」
あまりに素直な反応に笑ってしまいそうになる。やっぱり哺乳瓶も望んでいたのか。
「こっちおいで」
尚稀を腕に抱くと、その唇に哺乳瓶を咥えさせる。すぐにチュパチュパと必死にホットミルクを飲む姿は本当に赤ちゃんの様だ。
大人が哺乳瓶を使うのは大変だとどこかで聞いた事があるが、そんな事はものともせず、尚稀はホットミルクを一気に飲みきった。
「上手に飲めましたね~、えらいえらい」
今度は縦抱きにして、げっぷをさせる真似をする。背中をトントンしてると、小さな声が聞こえて来た。
「つかしゃおにいちゃん、どこにもいかないで」
「うん、お兄ちゃんどこにも行かないよ。ずっと尚稀くんと一緒だよ」
尚稀を抱き締めながら、案外これが言いたくて幼児の真似をしてたのかもなぁと思う。普段言えない、尚稀の本心なのかもしれない。
「こんな可愛い尚稀くんを置いてったりしないよ」
頭をぽんぽんしながら言う。昔は可愛いなんて言ったら女じゃねぇ! と怒られたものだが、あれも照れ隠しだったのかもしれない。
「ミルク飲んだし、そろそろおねむじゃない? 一緒にねんねしよっか」
「つかしゃおにいちゃんとねんねする」
さて、次に目を覚ました時はどんな尚稀だろう。もしいつも通りだったら、この遊びの事は忘れた振りをするのだろうか。それとも、種明かしをしてくれるだろうか。
これからも時々酒を飲むのも良いかもしれないと考えていた。
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