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6話 サイド:金山

 一目惚れだった。水沢護。その男は目立たず、真っ黒で長い前髪に隠したどろりと濁った瞳は、何にも関心が無いと言っているのに、俺を見る時だけ蔑んだ目で見てくる。それが堪らない。俺だけを見ていてほしい。  空本が言い出した憂さ晴らしのターゲットを決める時、真っ先に水沢の名前を挙げた。空本にはああいう奴は復讐してくるからやめろと言われたが、それならば俺に復讐してほしい。  人を殴っても殴っても、物足りない。俺は殴る側の人間じゃないのだと、気付いて絶望した。殴ってほしい。絶対的な痛みで屈服させられたい。  初めて抱かれたのも、抱いたのも水沢で浮かれていたんだ。水沢が眠ったベッドについ潜り込んでしまった。少しだけ夢に浸っていたかった。俺たちは殴り殴られ、その延長線上でセックスをするだけの関係なのに。  決して勘違いしたりなんてしないから。だから、今日も俺を殴ってくれ。    水沢の家に泊まり続けて三日目の朝。俺がだめにしたマットレスは弁償して、昨日新しい物が届いた。それまで水沢は掛け布団をマットレス代りにしていた。俺はいつもの様に床で寝ている。  空本や海野からの未読メッセージも溜まっているし、いい加減学校にも行かなくてはいけない。  しかし顔の痣がなかなか消えず、水沢から外出の許可が出ない。水沢も同様に、顔に痣が残っている。 「⋯⋯が切れてるな」 「え?」 「ああ、シチュー作ろうと思ったけど、牛乳切らしてたと思ってな」 「買って来るか?」 「⋯⋯」  朝食の準備をしていた水沢に、じろじろと品定めする様に見られて、すごく居心地が悪い。やっぱり、まだ外に出ちゃだめなんだろうか。 「マスクして行けよ」 「⋯⋯分かった」  近所の買い物は良くて、学校はだめ。自宅に帰るのも、たぶんだめ。水沢の基準はどこにあるのだろうかと考える。財布を持って靴を履こうとした時、隣に出しっぱなしにしてあるサンダルを使え、と言われたのでその通りにする。確かに上下スウェットに革靴はおかしい。スウェットも水沢から借りたものなので、これで俺の私物は財布だけになったなと思いながら、コンビニを目指す。  無事に牛乳を買って店を出ると、声を掛けられた。 「あれ、金山?」 「⋯⋯空本」  会いたくない奴に会った。お前は学校に行ってるはずだろう、何故こんな所にいる。 「お前、何してんの? メッセージも既読付かないし」 「⋯⋯風邪ひいてた」 「それにしては、ずいぶん遠くまで買い物してんな?」 「⋯⋯」  水沢の家と、俺の家は近くは無い。近所のコンビニが重ならない程度には距離がある。 「こっちの病院にかかってるから、その帰り」 「ふーん。つーか水沢も学校休んでんだよね、何か知らねぇ?」 「この間、顔面殴ったからだろ」 「あいつ、それで引きこもる様なタイプか?」 「面倒事は避けるだろ」  現に水沢は俺を軟禁して引きこもっている。 「早く学校来てくれよ。憂さ晴らしできなくてつまんねぇ」 「風邪が治ったらな」  正確には、水沢のお許しが出たらだ。それに、憂さ晴らしなら勝手にやっててくれ。 「じゃ、俺は帰るから」 「駅まで送るか? 暇だからツーリングしてたんだ」 「いや、今は揺れると気分悪くなるからやめておく」 「そっか、じゃあな」 「ん」  カモフラージュに、一旦駅の方向へ歩き出す。そして迂回してから水沢の家に戻る。近所のおつかいなのに、思ったよりも時間が掛かってしまった。 「悪い、遅くなった」 「お帰り。誰かと会ったのか?」  水沢はベッドにもたれる様に座っていて、俺が声を掛けると立ち上がってこちらに近寄る。 「⋯⋯空本がコンビニの近くにいた」 「ふーん。やっぱり外に出すんじゃなかったな」  ここに来た日からそうだが、水沢はどこかおかしい。 「俺を閉じ込めたいのか?」 「そうしてやりたいな。せっかく道具も揃えた所だし」 「は?」  水沢の言葉の意味が分からなくて、玄関先で棒立ちでいたら腹部を殴られ、そのまま担がれてベッドに投げ出された。 「うっ、」  乱暴に扱われ、ベッドのスプリングが嫌な音を立てる。 「これでもう、どこにも行けないな」  そう言うと、俺の両手首を鎖付きの手錠で拘束する。鎖は頭側のベッド柵に繋がっている。 「っ、」 「どうした? さすがのお前でも喜ばないか」  戸惑っているだけだ。嬉しく無い訳じゃない。ただ、その激情がいつまで続くのか恐れている。気まぐれで拘束されて、喜んで捨てられたら俺は立ち直れそうに無い。そんな一喜一憂するのは耐えられない。 「水沢は、俺をどうしたいんだ」 「ふっ、一生閉じ込めてやるよ」  それなら、それなら良いんだ。捨てないなら、俺は何だってする。 「ははっ、」 「壊れた様に笑う、お前のその顔が好きだよ」  俺だって水沢の濁った目が、蔑む時にだけ見せるその表情が、何よりも好きだ。  おもむろに、スウェットのズボンと下着を抜き取られて、まだ傷の癒えてないそこに指を入れられる。 「んっ、んん、」  痛い。痛くて、気持ちが良い。指の出入りで再び開いた傷口が強い刺激となって、すぐにイってしまいそうだ。 「んぁっ! んん〜〜!!」  その時、指とは比べ物にならない質量が入って来て、白濁を飛ばした。 「あんっ、あっ、んんっ、」  激しく腰を打ち付けられ、痛みしか感じなくて、それが快感に変換される。強すぎる快感に、身体が震える。  首すじに残った噛み跡をなぞる様に舐められて、ぞわそわとした快感が這い上がる。もう一度強く噛んでほしい。 「んんっ!」  ずぷりと歯を立てられ、深く噛まれる。血が流れる感覚がして、水沢はそれを舐め取る。吸血鬼みたいだなと思って、俺の血が水沢の体内に入った事に歓喜する。 「傷跡、しばらく消えないな」 「ははっ!」  嬉しい。傷が消えない様に、何度でも上書きしてほしい。その下の肉にだって、食らいついても良いから。 「んっ、あ、あっ!」  一層激しくなる腰の動きに、もう快感しかなくて、このまま死んでも良いやと思う。いつ捨てられるか怯えて暮らすより、最高に幸せな今、殺してほしい。  その意図が伝わったかの様に、首に手を掛けられる。じわじわと締められ、息苦しいのに嬉しい。 「みず、さ、わ、」 「⋯⋯」  水沢は真剣な表情をしていて、俺はそのまま意識を手放した。  俺は死んだのだろうか。  状況を確認するが身体はあちこち痛いし、両手の拘束も解かれていない。何だ、死ななかったのか。 「⋯⋯」  残念に思いながら、部屋を見渡すと、台所に水沢が立っていた。すぐに何かを手にして戻って来る。 「シチュー、食うか?」 「⋯⋯うん」  あの牛乳、無事だったのか。いつ手放したのかも覚えていないので、他人事の様に思いながら返事をすると、シチューをすくったスプーンを口に運ばれる。それを咀嚼して飲み込む。 「おいしい」 「今日から、全部世話してやるからな」 「?」 「食べたら、出るだろ」 「っ!」  そこで、下着の感触がいつもと違う事に気付く。これは、入院していた時に使ったあれか? 「おむつ、穿かせてるからな」 「⋯⋯」  それは下の世話も含めて全部する、と言う意味なのか。水沢が望むのなら、俺は反抗したりしない。それが俺の喜びだから。だから、どうか捨てないでくれ。 「水沢」 「なんだ?」 「俺が要らなくなったら、殺して」 「ふっ、もちろんそのつもりだよ」  狂気じみた笑顔が、頭にこびりついて離れない。

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