9 / 28

第9話 今日から私が顧問だ

 扉を開けて見えたのは、普段であれはあり得ないほど、規則正しく列に並んだ部員たち。その前には鋭い眼光を放つ先生がいた。紺色のジャージに、首元には銀色のホイッスルとタイムウォッチがかかっている。 「矢島、並びなさい」  低く、周囲を威圧するような教師の声が、静かすぎる体育館に響き渡る。  俺は会釈をして、拓海の横に並んだ。  先生はそれを確認した後、ホイッスルをぎゅっと握る。 「バスケ部の顧問である林先生が、今学期から育休を取られた。その代わりに、今日から私が臨時顧問を務める」  周りの部員たちが「え、モッチーが顧問!?」、「マジか」と騒ぎ出し、体育館の厳格な雰囲気が一瞬にして崩れる。 「……拓海、なんで教えてくれなかったんだよ」  俺もそれに乗っかり、バスケ部一の情報通である拓海を、肘でつつく。 「俺も知らなかったよ!林が育休取るのは何とな~く噂で聞いてたけど、その臨時顧問がまさかモッチーとか、想像もしてなかった」 「え、お前も知らなかったの?まぁ、そうだろうな。想像出来ないもんな。なんで引き受けたんだろう。先生、こういう騒がしい運動部の空気嫌いそうなのに」   去年、太陽が痛いほど、照り付ける中行われた体育祭。  砂埃と汗の匂いが充満した校庭で、先生だけはただ一人、テントの下で一切汗をかかずに座っていた。馬鹿みたいに騒ぐ俺をじっと見つめていた零度の目。目が合うたびに、ひやっとしたのを覚えている。   先生はきっと、騒がしいのが嫌いなのだろうと思っていた。むしろ、何にもならない勝利を目指していることをあの瞳で馬鹿にしているのだろうと思った。  それがどうだ。  今、先生の首には「騒音」をコントロールするためのホイッスルがぶら下がっている。  慣れないジャージの襟を、いつものスーツを整えているかのように白い指で何度も触る。  なんで先生は臨時顧問になろうと思った?顧問の代わりなら、先生以外にもいくらでもいるはずだ。  喉の奥が焼けているかのように熱い。   理由なんて一つしか思い当たらない。考えないようにしていたのに、考えてはいけないと思っていたのに。無意識に浮上してくる、あの掠れた吐息。 『どうすれば、攻略できるんだ』  ここまでして、俺を『攻略』しようとする意味が分からなかった。  嫌いだから?  生意気だから?  気に入らないから?  どれも正解ではないような気がした。  しかし、これだけは事実だった。  先生が俺を『攻略』しようとすればするほど、俺の心の何かが歪んだ形に組み替えられていた。

ともだちにシェアしよう!