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第11話 めちゃくちゃにしたい
「矢島。コートから出なさい」
何回目のゴールを決めた時だろうか?
練習に口出しをしないと言っていた先生が突然、コートに入ってきて俺の腕を乱暴に掴んだ。
「な、何ですか?」
「いいから来なさい」
先生の怒りを孕んだ口調、腕を掴む痛いほどの力に圧倒され、ただうなずくことしか出来ない。
「練習を続けなさい」
そのあまりにも冷たい声色に部員たちも声が出せず、ただコクコクと首を縦に振る。
先生は腕を掴んだまま、大股で、しかもいつもの倍のスピードで体育館の外を目指して歩く。
その間にも足はズキズキと痛み、今すぐどこかに座りたかった。
「先生、離してください」
「言うことを聞きなさい」
「なんで怒ってるんですか?」
「怒っていない!」
先生のシュッとした細い目が大きく開かれる。
絶対怒ってるじゃん。
俺はこの後に起こることを想像しながら、ただ腕を引っ張られるしかなかった。
無理やり連れてこられたのは、夕日が差し込む古い部室の中だった。
先生は俺をパイプ椅子に座らせると、迷いのない強引な手つきで俺の右足首を掴み、靴下を脱がせる。
「痛っ」
あまりの痛さに手を握りしめる。
恐る恐る足首を見てみると、熱を帯びたくるぶしが、青あざを誇示していた。
それを見た先生は大きなため息をつきながら、その冷たい指先でそっと足首に触れる。
「怪我をしているなら、なぜ早く言わない?」
どこか責めるような口調。しかし、そこには悲痛な声色がにじんでいた。
普段、高貴で手の届かない先生が床に膝をつき、俺の足首に触れている。その事実だけで右足首の痛みなんてどうでも良くなった。ただ、目の前で膝をつく男の、綺麗に整えられた黒髪に指を突っ込んでめちゃくちゃにしてやりたいと思った。
触れる冷たい指が熱くてたまらない。
俺は先生の後頭部を見ながら、唾を飲みこんだ。
「大丈夫かなーって思って」
「は?」
ゆっくりと顔を上げた先生が眉間にしわを寄せ、俺を睨みつける。
「練習だし、骨折はしてなさそうだったから、大丈夫だと思いました」
先生は何かを言いたそうに口をもごもご動かす。結局、それが声となることはなく、しかめっ面をし ながら立ち上がった。
「せ、先生?」
先生は目の前をじっと見つめ、動かない。
部室には校庭でランニングをするサッカー部の声だけが響いていた。
「……保健室から必要なものを持ってくる」
「分かりました」
先生はドアノブに手をかけ、ちらりと俺の姿を視界に入れる。そして、「待っていなさい」と素っ気なく言い残し、出ていった。
張り詰めていた緊張の糸が切れ、思わず安堵の息を漏らす。
怒られなくて良かった。
先生は感情をあらわにして怒ることはない。しかし、冷静にかつ論理的に詰めるため、寿命が縮んでいるような心地がするのだ。
俺は足首に手を伸ばし、そっと触れる。
改めて見てみると自分が思っていたよりも、重症なようで先生があんな表情をしていたのも納得がいった。
「あれ?」
視線を伸ばした先にあったのは、黒いノート。ドアの側に落ちていたそれは先生の物に間違いない。
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