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第13話 奇妙な素直さ
「大人しくしていたか?」
先生は片手に救急ボックス、反対の手に大量の湿布を掴んで登場した。
「はい。それは、もちろん」
俺は咄嗟に黒いノートを床に落とす。
見たことがバレたら、どう立ち回ればいいのか分からなかった。
先生は俺の前にひざまずき、足首に青い氷嚢を当てる。
熱い患部にじんわりと冷たさが伝わり、痛さが和らいでいった。
「大丈夫か?」
「だいぶマシになってきました」
「そうか」
先生は足首に触れ、怪我の様子を確認する。冷やしたおかげで少しずつ色が改善してきていた。
「うん。良くなってきたな。今度から、様子がおかしい時は早く報告しなさい。そのまま続けてはいけない。あと、適度に休憩しなさい。なにも飲んでいないのが気になった」
いつものうるさい小言。普段であれば鬱陶しくてたまらないのに、あのノートを見たときから捉え方が完全に異なっていた。
今なら『攻略』のためであれ、なんであれ、俺のために言ってくれていることが分かる。
「はい。気をつけます」
ありがとうございます、と頭を軽く下げる。こんなに先生に素直になれるなんて、俺自身が一番驚いていた。
先生は恐ろしい化け物を見たかのように目を大きく見開き固まった。
「……分かっているのならいい」
素っ気ない一言。先生は目を合わせてくれないどころか、俺の顔を視界に入れようとしない。
やっぱり、素直な俺はそんなに意外なのだろうか?それとも、嫌いな生徒がいい子のように振る舞うから、気味悪がっているとか?
考えれば考えるほど、きっと先生の考えていることから遠ざかっているだろう。それにノートの『好きだ』という文字が嘘であるかのような気がしてきた。
仮に本当であったとしても、俺に向けて書いているのではないのかもしれない。思ったことを書こうとして、間違って俺の見出しのページに書いちゃった、とか?
きっとこの時間は不毛だ。無理やり考えることを止めた。
先生は救急箱からテーピングを取り出す。
「今からこれを巻くから動かないでくれ」
「はい」
本当は自分で出来るのだが、やってもらうことにした。
先生はどの部分から巻き始めたらいいのか悩んでいるようで、貼っては剝がすを繰り返す。いつもの瞳には今から芸術作品を完成させるかのような情熱が宿っていた。どうやら、適当な場所を見つけたようで、そこを起点としてぐるぐるとテーピングを巻いていく。しかし、その出来はお世辞でも上手とは言えない、酷いものだった。
「……もう一回巻き直す」
「……はい」
俺からは先生のつむじしか見ることが出来ない。それでもどんな表情をしているのか、想像するのは容易であった。きっと、悔しそうな、唇を噛んでいるかのような表情。
先生はもう一度悩む素振りを見せ、テーピングを救急ボックスの上に置いた。そして、ジャージのポケットに手を入れて何かを探すような様子を見せる。
ポケットにはペン1本しか入っておらず、先生の顔はどんどん冷水を浴びたような青いものになっていく。
きっと探しているのは、“あのノート”だ。
確信している俺は、足を見るふりをしながらノートを拾い上げた。
「先生。なんか、落ちてました」
声をかけたその瞬間、ノートは乱暴な素早い手でひったくられる。
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