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第18話 放っておけない
放課後、オレンジ色の西日が廊下の床を長く、残酷なほど鮮やかに照らしている。
他の生徒が部活や遊びで散っていく中、俺は石のように重い体を引きずり、生徒指導室の前に立った。
心臓の音が、ここからは危険だと警鈴のように耳元で鳴り響く。
意を決してドアを開けると、そこには黒縁の細い眼鏡をかけ、分厚い本を読む先生の姿があった。
「遅い。3分遅刻だ」
低く、抑揚のない声。眼鏡越しの瞳が俺をじっと見つめる。
先生は眼鏡を外し、本と共に机の上に置く。机には古典の教科書や沢山のプリント。そして、あの黒いノートが置かれていた。
「すいません」
「座りなさい。そこに」
言われるがままに先生の目の前の椅子に座る。
いくら机を挟んでいても教室と比べれば距離が近く、先生が纏うコーヒーの香りが鼻をくすぐった。
「今日返したテストは持ってきたか?」
「はい。それは、もちろん」
ろくに勉強をしていないのにも関わらず、ぼろぼろになった教科書に挟んだ答案用紙を取り出す。
改めてみると、とんでもない出来だ。先生と一緒にそれを見るのは恥ずかしく、いたたまれなかった。
何も話さない先生をちらりと横目で覗く。そうすると先生は、ただじっと答案を見つめていた。怒っているわけでも、あきれているわけでもなさそうだ。
「……本当は今日、補習をするつもりはなかった」
「え?」
先生がぽつりと漏らした言葉に思いがけず、聞き返していた。
だって、あんなに補習に参加することに圧をかけていたのはどこの誰だ。しかも、俺の答案にだけ異常なほど書き込んでいたくせに。
先生は居心地が悪そうに乱れてもいない髪の毛をかき上げる。
「矢島の答案を見ていたら、なんか、なんというか……」
普段の先生ならあり得ない言葉の詰まり方。俺はきっと先生を一直線に見つめていたと思う。
「放っておけなくなった」
先生の細い指が、答案用紙の俺の字をなぞる。文字の凹凸、消された跡さえも愛おしげに確かめる。それは、あの新学期に職員室で見た先生の姿に重なった。
近くで見てみると先生の口角が、控えめに上がっているのが分かった。
俺が今まで知らなかっただけなのかもしれない。
小言ばかり言って、反省文を書かせて、厳しすぎる。いつもそう思っていた。でも、先生は裏であの黒いノートで一生懸命、知識をつけていた。
俺の脳裏にあのノートの乱れた文字がフラッシュ
バックする。
『ずっと見ていたくなる』
『好きだ』
心臓がドキンと跳ねた。
好きなんて俺以外に宛てられたと分かっている。それでも……。
冷淡な悪魔だと思っていた男が至近距離で俺の名前をじっと見つめている。
西日に照らされるその顔は何よりも綺麗で、喉が焼けるような執着を感じさせた。
「……先生。俺のこと、そんなに放っておけませんか?」
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