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第22話 よく出来ていた

「望月先生、俺らのプレーどうでしたか?」  部長が期待でいっぱいの眼差しを先生に注ぐ。  先生は囲んでいる先輩たちを、珍しくきょろきょろ見ながら「よく出来ていた」と答える。  その瞬間、先輩たちはそれぞれ「やったー」と声を上げた。 「望月先生に『よく出来ていた』って言われたら、すっげーやる気出ます!」 「もう一回言ってください」 「先生~、お願いします」  ある先輩は先生の腕を掴み、激しく上下に揺さぶる。  先生はその手を掴んで離させた後、小さな声で再び「よく出来ていた」と言った。 「あ」  ここからでも分かる。もしかしたら、俺だけが気づいたのかもしれない。騒がしい輪の中でつり上がった目が柔らかくなった。なんだか居心地が悪そうにしながらも瞳の奥は笑っていた。  ボールを手に取り、立ち上がる。 「ん?侑李、もう休憩終了?」  拓海の声を無視して、意識を指先にまで集中させる。しかし、ボールが離れる瞬間、意図しない力が入った。  案の定、ボールはリングにかすりもしないまま、鈍い音を立てる。  それでも何回も、決まらないことがどこかで分かっているはずなのに、リングを狙った。 「侑李、もうちょっと休憩しよう。きっと焦ってるだけだよ」  心配そうに隣の拓海が覗き込んでくる。  先生といえば、まだ先輩たちに囲まれていた。 「ちょっと外の空気吸ってくる」 「えっ?今、外出るのは死ぬよ。暑すぎる」  拓海の声を背中に、俺は逃げるように体育館から外に出た。  外はセミの鳴き声が耳を刺すような静寂に包まれていた。体育館の裏手、建物の陰に入るとアスファルトからの熱で景色がぼやけて見える。  俺は建物にもたれかかった。  頭に浮かぶのは先生の顔。あの鉄壁の表情がみんなの前で揺れた。それが信じられなかった、信じたくなかった。  あれは俺だけにむけられる”特別”ではなかったのか?  先生の『生徒を見守るのは教師の義務だ』という言葉がよみがえる。  あの補習から俺と先生の距離は変わらなかった。でも、俺には先生の特別である自覚があった。  もし、それが俺の勘違いだったとしたら。  あのノートも、あの視線も、全部が教師としての優しさだったとしたら?  建物の陰から飛び出し、流し場に向かう。蛇口から溢れる水をそのまま頭に叩きつけた。  生ぬるい水が、汗だくの頭皮に染み込んでいく。  俺の勘違い?いや、そんなわけない。  職員室で見た俺の名前を呼ぶ声も、ノートに書かれた言葉も、真っ赤な解説だらけの答案用紙も、全部確かに存在したものだ。  存在した、はずだ。   俺が勝手に作り上げた空想じゃない。そうだろ?  びしょ濡れ頭を思いっきり振ると、コンクリートの地面に染みが出来る。喉の奥で何かがざらついた。

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