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第33話 考えてください

「先生」  群衆を何とか抜け出し、先生のもとへ向かう。  息が上がり、心臓が緊張で暴れている。  先生の前に立つと、控えめな上目遣いがちな目が俺を捉えた。 「……もうここに来ていいのか?」 「はい。とりあえず」  先生の手がためらいがちに俺の頭に伸びる。  その手がどう動くのか、じっと見つめていると、そのまま頭のハチマキを解いた。 「一位取れませんでした」  俺は肩で息をしながら笑う。  先生はほんの少しだけ、眉を下げた。 「二位でも、よくやった」  先生の言葉はいつも淡々としていて、素っ気なく思う時もある。それでも先生の視線が柔らかいことに気づいた。 「でも、せっかく約束したのにな」  先生が握るハチマキの端を握る。そうしてみると、俺と先生が繋がっていつもより近づいているような気がした。 「……約束はしていない」  先生の握る方の端にしわが出来る。 「勝ったら、考えると言っただけだ」 「じゃあ考えてくださいよ」  冗談めかして言ったつもりなのに、掠れた声が出た。  ハチマキをぎゅっとこちらに引く。先生と俺の距離が一歩近づいた。  先生の細い目が大きく開かれる。 「……勝っていないから考えない」   先生の顔が露骨に逸らされる。頬がじんわりと赤くなっていた。 「望月先生」  先生の背後から急に現れた教頭先生が、先生の肩を叩く。  先生は肩をびくっと震わせた後、教頭先生の方へ振りむいた。 「教頭先生。どうされましたか?」  離されたハチマキが風に揺れる。  先生は熱くなった頬に一瞬だけ触れた。 「プログラム六番の玉入れの白と赤の玉が少ないから、準備室から取ってきてもらえますか?」 「分かりました」  先生はそのまま準備室の方へ向かって歩き出す。  俺はその背中を見ながら、応援席へ戻ろうとした。その時、教頭先生に「君!」と呼び止められた。 「何ですか?」 「望月先生だけじゃ大変だろうから、手伝いをお願いしてもいいですか?」  教頭先生が顔に笑みを浮かべながら、首を傾げる。  もしかすると、普段から生徒と先生を見守る良い先生なのかもしれない。  先生と一緒に居られる口実が出来た俺は首を何度も縦に振り、大きな声で「任せてください」と言った。 「先生~」  先生を追いかけるように走って準備室の中に入る。  準備室には体育祭で使う用具が沢山置いてあり、窓から差し込む太陽の光に照らされ、砂埃が沢山舞っているのが分かった。運動場から聞こえる喧騒が隔たれ、どこか遠いところに来ているような気がした。

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