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第38話 見て欲しい

 体育祭の後、先生は明らかに俺を避けだすようになった。  授業中、名前を呼ばれても合わない目。廊下ですれ違ったとしても絡まらない視線。  前は違った。  俺がくだらない話をすれば呆れた顔をして、馬鹿みたいな約束事にも付き合ってくれた。テストで点を取れば少しだけ嬉しそうに笑ってくれた。  それがあの日を境に全部なくなった。  『先生って、俺のこと好きなんですか?』  口にしてしまったことを冗談にすればよかったのかもしれない。そんなことあるはずがないって自分の中で完結させてしまえばよかったのかもしれない。   でも、もう遅い。  先生は俺と距離を取ることを選択した。 「古文の小テストを返却する。名前を呼ぶから取りにくるように」  少し長引いた先生の授業。  他のクラスの人達が廊下を騒がしく歩いている中、教卓に立つ先生は名前を次々と呼んでいく。  いつ呼ばれるのか分からない俺は先生をじっと見つめた。 「矢島」  クラスメイトと何の違いもない、抑揚のない声が耳に届く。 「はい」  口から飛び出た声は自分でも驚くくらい掠れ、弱弱しかった。  一直線に先生を見つめ、前から帰ってくるクラスメイトの間を通り抜ける。  先生が右手に持つ自分の答案を受け取る。  俺を見てくれないだろうか。期待を胸に顔を上げると、先生は答案をぺらぺらとめくっているだけで目が合うことはない。  まただ。  体がどしっと重くなったような気がした。  体育祭の前までは、テスト返しの際には必ずといっていいほど、目を合わせてくれた。  先生の表情は基本的に読みにくいけど、俺にはなんとなく分かる。  いい点数の時は、右の口角が上がって、ほんの少し目じりが緩む。  悪い点数の時は、分かりやすく眉間にしわができる。  これが俺と先生だけの秘密で、繋がっていると確信が持てる部分だった。  馬鹿げているとかくだらないとか思われても、こんなことが俺の全てだった。  歩くたびに沈みそうになる足を懸命に動かし、椅子に倒れこむ。  しわのできた答案を見ると、右下に大きく『四十点』と書かれていた。  小テストは毎回五十点満点で、今までこんな高得点を取ったことはない。前の八点と比べたら、とんでもない進歩だ。  これも全部先生のおかげだ。分からないところは分かるまで教えてくれたし、俺は先生を喜ばせたくて必死に勉強した。先生がどんな顔をしてどんな声をかけてくれるのか、そればっかり考えていた。  だから、先生の反応が見られなくなったのは思っていたよりもずっと堪えた。  四十点という数字を見ても、胸が軽くない。  むしろあったものがなくなってしまったような空白だけが残った。  先生はどんな顔をしただろうか。  少しだけ口角を上げて「頑張ったな」って言ってくれるだろうか。それとも「まだまだだ」、そう言うだろうか。  そんな想像を絶え間なくしてしまう自分が情けない。 「平均点は二十六点。頑張るように」  答案を返し終えた先生が解答を一番前の席の人に手渡す。  後ろにまわってきた解答を答案の横に置き、間違えた部分とその答えを確認していく。  そうしていくと答案の左端に小さな赤い文字が書かれている。見つけた瞬間、胸がどくんと跳ねた。

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